01/06/2026

2026.6.1 (月)#日々の聖句#ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編56編11節
神によって御言葉を賛美します。主によって御言葉を賛美します。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヨハネによる福音書1章14節
言は肉となって、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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皆さん、おはようございます。
しばらくの間、ローズンゲン黙想をお届けできませんでしたが、今日から再開します。愛読してくださった皆さまには、本当に申し訳ない思いでいっぱいですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。
 
このひと月半のあいだ、私を取り巻くさまざまな出来事がありました。ひとつは、私の属する日本基督教団東北教区の総会準備のため、それに多くの時間を費やさなければならなかったことです。私は昨年より書記の任を拝命しておりますが、総会準備は主に書記の仕事であることから、なかなか慣れないなかでの準備に、手間取り戸惑いつつも、なんとか先週総会を無事に終えることができました。ホッとしました。もうひとつは、ひと月前に以前から不調であった左眼が一時回復したものの、再び不調を訴えるようになりました。医者から下された診断が「急性緑内障発作」というものでした。数日で失明にいたるという、治療の緊急性が高いものでしたが、こちらは治療に入り、少しずつですが一番ひどい状態からは回復しているような気がしています。こちらは引き続きの治療が続きますが、あまり落胆することなく淡々と過ごすようにしています。
 
このひと月半のあいだ、「神様、助けてください!」と何度祈ったことかと思い起こします。限られた時間のなかで、目の前に与えられた仕事と不便のなかで、神様にSOSを発していました。しかし、どんなことがあったとしても「神様がともにいてくださるから大丈夫!」と自分自身のなかに神様の導きをしっかりと据えながら、その日々を過ごすことができた。本当に神様がおられることを自分自身の信仰として、神様からいただくことができて良かった。そんな風に思わされていますし、それが私にとっての「希望」なのだと思わされています。
 
そういう意味で言えば、今日の旧約聖書の言葉にある「御言葉を賛美する」という告白こそ、神が御自身の言葉をもって、私たちを慰め、励まし、希望を与えてくださるということに直結して、私自身の心に落ち着きと前向きな思いを与えてくださったのだと思えてならないのです。本当に感謝なことでした。そして、神が与えられる言葉が、イエス・キリストという御方の示された言葉と生き方によって、より具体的に私たちに福音書を通して与えられていることが、私の希望の源なのだとより確信をいだくようになりました。
 
私たちのために命を投げうたれただけではなく、その命が永遠にわたるものであることを、イエスは私たちに示されました。イエスが味わわれた苦しみに比べれば、私の苦しみや痛みなど、ほんのちっぽけなものなのだと思うのです(なかなか、そのように自分自身を持っていけない時があることも確かなのですが)。しかし、それは確かに私自身を活かす大きな力となっている。そんなことに希望を持ちつつ、今週のウィークデイの日々を過ごしてまいりたいと思います。
 
どうぞ、皆さんの日々にも、そして今日の一日にも、主が豊かにともなってくださいますように。神である主が与えてくださる平安と祝福を心からお祈りします。