くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
イザヤ書64章8節
どうか主よ、激しくお怒りにならないでください。いつまでも過ちを覚えていないでください。御覧ください。私たちは皆、あなたの民です。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
マタイによる福音書3章8節
(先見者ヨハネの言葉)それなら、悔い改めにふさわしい実を結べ。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
『日々の聖句』日本語版には、今日6月24日は「洗礼者ヨハネ祭」とあります。洗礼者ヨハネの誕生を祝うという日とされています(もちろん、これは明確な証拠がある訳ではありません。クリスマスの半年前ということで、6月24日としているだけです。洗礼者ヨハネは、イエスが生まれる半年前に生まれたからです)。
ちなみに今日は、私が属する「日本基督教団」の創立記念日でもあります。今年で85年を迎えました。くしくもこの時に、教団の新任教師オリエンテーションの開催中であり、そこに参加していることに、不思議な感覚を覚えます。洗礼者ヨハネにしても、日本基督教団にしても、誕生日という節目を思うときに、それは「更新の時」であると私は感じたりしています。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、語ろうとしているメッセージは「悔い改め」であると私は受け止めました。悔い改め。それは「方向転換」という意味で語ることもできると思いますし、「思い直して歩む」という意味も与えるものであると私は考えています。昔のことをきれいさっぱり水に流して、無きものとするということではありません。過去に引きずられないで生きるために、神が私を更新させてくださる、思い直させてくださる。これこそ「悔い改め」の本質だと私は思います。
今日の旧約聖書の言葉は、民たちがこれまでの背反を神にざんげし、赦しを乞うシーンです。このとき、神がいなければ、私たちは思い直し、再び歩むことはできないという民の確信がありました。だから、神に真剣に願いました。そして、民は神に赦されて、神とともに歩むことができたのでした。
洗礼者ヨハネは言います。「悔い改めにふさわしい『実』を結べ」と。この実は、自分でならせるのでは決してありません。神とともに生きるときに、神の思いを自分の生き方としようと願ったときに、私のこの心身に神が実を結ばせてくださるのです。この神の業に、私たちは希望を託して、与えられた務めを果たしたい。これが、今日私が得た黙想でした。
どうか、一日の歩みが、悔い改めにふさわしい実を結ばせてくださる神とともに歩む幸いを味わうことができますように。お祈りします。
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