07/06/2026

2026.6.7(日)#日々の聖句#ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編138編7節
主よ、たとえ私が苦難の中を歩んでいても
あなたは私を救ってくださる。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヨハネによる福音書16章33節
(イエスの言葉)「あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている。」
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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皆さん、おはようございます。
新しい一週間がやってきました。今日、世界中でおこなわれる主の日の礼拝が、神である主の喜びに満ちあふれたものとなりますように。たとえ、礼拝する余裕すらない心の苦しみを味わっている方々がおられたとしても、その礼拝こそが、苦しみを少しでも取り除き、緩和焦る場であることを、一人でも多くの方が経験する場となりますように。そのことを祈りつつ、ローズンゲンに示された今日の聖書の言葉に聴きたいと思います。
 
たとえ世の中が、あの人が、この人が、私のことを分かってくれていなくても、神は、私のことを分かっていてくださる。これが、神を私たちの希望とする大きな根拠となることを、私たちは体験的に知っているのだと思いますし、信じて受け取りたいと思うのではないでしょうか。私もそのひとりとして、これまでこれだけ「神は分かっていてくださる」というところに自分自身を据えて生きていただろうかと思い出します。
 
しかし、私たちはその思いが「単なる独り善がり」にならないように、自分自身の思いというものをよく確かめる必要があることも事実なのだと思えてなりません。神が私たちのことをすべてご存知であるというのは、今日の聖書の言葉のように、神の思い、イエスの思いに自分自身を「沿わせている」がゆえに、それに抗する勢力から降りかかる苦しみをすべてわかっていてくださるという意味もあれば、私たちが神の御心に自分自身を合わせて生きていないがゆえに生じる苦しみというものをも、よくご存じであるという意味もあるでしょう。その場合、私たちには罪の悔い改めというものが求められることもあるでしょう。
 
もし、私たちにそのような改善であるとか、転向、悔い改めて生きることが必要であるならば、神は必ず私たちを守り、勇気を与え、神である主とともに歩む思いと力を与えてくださるのだと、私は信じたいのです。ですから、今日の聖書の言葉は、主にあって忠実、誠実である私たちの姿もさることながら、そうになりきれていない私たちにも当てはまる神の恵みの言葉なのだと、私は受け止めました。
 
この新しい一週間を歩む、希望の言葉として、今日の聖句が私たちの心のうちを豊かに照らしてくださいますように。皆さんの一切に、主の平安と祝福を心からお祈りいたします。

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