くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編91編14節
(神の言葉)
彼は私を慕う。
私は彼を助け出そう。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヨハネによる福音書17章15節
(イエスの言葉)
私がお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
昨日は酷暑の残暑と言える一日でした。皆さんの健康は守られましたでしょうか。今日一日も、主にあって健やかな時でありますように。心からお祈りします。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通する話題は「悪から守られる」ことについてだと私は受け止めました。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日の旧約聖書の言葉である詩編91編は、「いと高き方を隠れ場とする者は/全能者の陰に宿る。」という言葉から始まっています。ここでいう「悪」とは何でしょうか。悪は何も自分自身の外にあるものだけではなく、自分自身の心のうちにも存在するものです。善と比較するものとして悪を語るならば、善の源である神との関係性とは対極にあるものとして悪というものが語られていることが分かります。ですから、神と私たちの関係性には、少なくとも悪というものは存在していないと考えることができるでしょう。
悪は私たちと神との関係性を弱らせ、離れさせようとする時において働くものであると考えることができます。ゼロか100かの問題ではなく、私たちは神を慕いつつも、忍び寄る悪の影響も多分に受けるということをよく知っていると思います。ですから、私たちの日々の生活において、どうしても悪というものを意識しながら、その毎日を営まなければならないのです。そのようななかで、今日の詩編の言葉は、「神に対するあこがれの思い、慕う気持ち」を抱くことが、何よりも大切なのだということを、歌い手は心の底から歌ったのでしょう。神が私たちの隠れ場となって守ってくださるということへの信頼から起きた言葉でした。
神の御国が訪れるその時まで、悪というものがゼロになることは絶対にありません。だから、私たちもこの世界で生きている以上、私たちの内外(うちと)に悪が存在し、忍び寄り、はびこる可能性が十二分にあるなかで、その悪から守られることが、神とともに歩むために無くてはならないのです。その点において、イエスは語られました。それが、今日の新約聖書の言葉に示されています。イエスはそのために神に祈りました。私たちを悪い者から守ってくださいと。そのために、イエスは弟子たちに、「弁護者」である聖霊の働きについて説明されました。そして、その説明ののちにそれが実質的なものとなるように、神に祈りをささげたのでした。
私たちは、そのようなイエスの祈りによって、そして聖霊の実質的な働きによって守られているということを胸にして、今日の一日を歩んでまいりたいと思います。私たちに求められることがあるとすれば、それは、そのように守ってくださる神のなさることに対する信頼の一点です。迷い疑うこともあるでしょう。しかし、私たちはそのたびに、主のもとに立ち帰ることができるのです。
皆さんの一日が主の恵みにあふれたものでありますように。お祈りします。