くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
ゼカリヤ書9章10節
その支配は海から海へ、大河から地の果てにまで至る。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
マタイによる福音書24章14節
この御国の福音はすべての民族への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
今日は朝から雨模様の仙台です。毎年度秋学期に担当している大学の講義が始まり、今、新幹線のなかからこの黙想をつづっています。新幹線のなかで黙想もへったくりもないのですが(もっと静かな環境でするべきなのでしょう)、御言葉に触れることのできる喜びをかみしめつつ、今日もローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、想いをつづっていきたいと思います。
今日の聖句が指し示しているテーマは「神の良い言葉を全世界で分かち合う」というふうに私は受け止めました。神の言葉をいただいたとき、その言葉に感動や慰めを覚えたら、その感じたことを誰かと分かち合いたいと思うのは、ごくごく自然なことと言えるでしょう。
昨日、ある大学生がお母さまと一緒に、私の職場でおこなわれているご飯イベントに参加されました。その大学生の方は、キリスト教主義学校に入学されて、キリスト教に触れる機会ができて、大学での素敵な出会いがあるなかで、キリスト教に対して好印象を抱いているご様子でした。そこに、お母さまも一緒にいらっしゃったというわけです。
そのお母さまと話をする機会をいただきました。そのなかで、お母さまご自身もこれまでキリスト教に触れる機会がなかったのだそうですが、ひとつひとつの出会う機会のなかで、キリスト教に対する良いものを感じ取っておられるとのことでした。そして、私にこんなことを仰っておられました。「もっと聖書のこととか、キリスト教のことを伝えたら、その話を聞く人っていると思いますよ。私がそうでしたから」。
私はとても嬉しい気持ちにさせられるのと同時に、なんか身の引き締まるような思いもしたのです。昔から、とかく「宗教」というと、あやしいとか怖いという印象がどこかにつきまとっているのを、私は当事者として感じながらも、しかし、キリスト教ならばキリスト教が大切にしてきた魅力というものを分かち合いたいと思い続けてきました。だからこそ、「もっと聴く人がいると思いますよ」という言葉に、とても暖かい励ましを受けることができたのでした。
全世界に福音(神の国の良いたより)が伝えられるときに、それは何も遠い最果ての地のことだけを指しているのではありません。私たちの身近に、手の届くところにも、神様が与えられる良いものを分かち合うことのできる幸いが、十分に散りばめられているということを、私は自分自身のよき燃料としたいと思ったのでした。翌朝、明けてこの聖句をいただいたときに、昨晩に起きたできごとに、感謝をもって受け止めることができたのでした。
今日で一週間も最終日を迎えます。この七日間の旅路が、神様の豊かな守りと祝福のうちにありますように。そのことを心から願いつつ、明日への備えをすることができますようにと祈ります。皆さんの一切にも、神の守りと祝福がありますように。心からお祈りします。