くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
エレミヤ書31章14節
私の民を良いもので飽かせるー主の仰せ。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
フィリピの信徒への手紙4章19節
私の神は、ご自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスにあって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
昨日から、富山県と石川県にわたって、豪雨が各地を襲っているニュースを聞きました。私の知人が伝道牧会する教会も被害を受けていることも知りました。自然災害を前にして、不安を覚え、不便を感じているすべての方々が、少しでも守られますようにと祈りつつ、今日の一日を過ごしてまいりたいと思います。
さて、そんななかで今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に触れますと、「神は本当に良いものを私たちに与えてくださるのだろうか?」と思いたくなってしまう自分自身があることに気付かされます。神は「良いもので飽かせ」「必要を満たしてくださる」方であると、今日の聖書の言葉にも記されている通りなのですが、私たちは、それに逆行するような出来事に遭遇する時に、そのような神の言葉すら、受けとめ難い自分自身があることを思わされるというのも、また事実なのではないかと思うのです。
私たちが、欠けあるこの世の中で生きている以上、すべてが「自分の思いどおりにうまくいく」などということは絶対にないということを痛感しながら、日々を過ごしているのだと思います。そして、私たちの要求をすべて飲み、それを叶えてくださる神がおられるというわけでもないということを実感するのだと思います。
だからといって、「そんな神は効き目がない」わけでは決してないのだということを、私は今日の聖句からしっかりと受け止めたいと思いました。それは、私たちの神は、私たちの願望とはかかわらず、私たちの必要をすべてご存知である方である前提のもとで、では、私たちが日々を生きるにあたって「必要なもの」が何かということを、適切なタイミングと出来事をもって、私たちに豊かに与えてくださるのだということを、私たちは心から受け入れる者でありたい。そんなことを願わされました。
もし、何もかも自分の思いどおりに進むことを手助けする神ならば、我田引水的な発想をつねに抱いている私たちですから、世の中はめちゃくちゃになってしまうことでしょう。そうではなく、神にとって私たちが幸福に生きる道というものを、私たちが気づくことができるように導いてくださるという点で、私たちに良いもので飽かせ、その必要を満たしてくださるということなのです。
そういう意味で言えば、私たちは「神のやり方」というものに対して、信頼を心から寄せつつ、神がなされることを楽しみにしながら、今日という一日を過ごしてまいりたいと思いました。たとえつらいことが私を襲おうとも、必ず神は良いご計画をお持ちなのだということを心から信じつつです。
皆さんにとっても、今日の一日がそのような神の良いもので満たされるものとなりますように。心からお祈りします。