くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
エレミヤ書2章2節
主はこう言われる。
私は覚えている
あなたの若い頃の誠実を
花嫁の時の愛を
種の蒔かれない地、荒れ野で
あなたが私に従ってきたことを。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヘブライ人への手紙3章14節
私たちは、初めの確信を終わりまでしっかりと保つならば、キリストにあずかる者となるのです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
昨日の礼拝から、私たちはまた新しい一週間の旅路に遣わされました。日々が神とともにある幸いを味わうことのできる時でありますように。お祈りします。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通するのは「初心を忘れない」であると、私は受け止めました。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日から3日間、私の属する日本基督教団では「新任教師オリエンテーション」が開催されます。この春、全国各地の教会や関係学校に遣わされた新任教師の先生方に対する研修と交流のときをもちます。私は準備委員の立場で参加します。思えば20年前、私もひとりの新任教師として、このオリエンテーションに参加したことを思い出しました。神学校を卒業したての者たちが3か月ぶりのリユニオンを果たしたり、他の神学校出身の先生方と良き交流を楽しんだりと、とても楽しい3日間でした。
その時のことを思い出していますと、宣教の場へ遣わされたことへの新鮮さとか、意気揚々とした「初心」の初々しさのようなものを振り返ることができますし、20ねん経った今、その初心に、私自身どのくらい帰ることができているだろうかと思ったりもします。初心に帰るというのは、とても重要なことだと改めて思わされます。時間が経つともに、当たり前でないことが当たり前のように思えてきて、鮮やかさというものが失われているようにも感じるからです。もちろん、時間が経つなかで神からいただくものはあまりにも多いので、そのことで満たされることも確かなのではありますが。。。
今日の聖句、特に旧約聖書に記されたメッセージは、神に背を向けたイスラエルの民が、かつては神とともにある幸いというものを、生きる土台としていたのに、今やそのことに新鮮さを失ってしまった自分たちの姿というものに注目した言葉です。新婚当初の新鮮さが、今や失われつつある。そのことを、神と民との関係性のたとえとして語られているのです。
かたちばかりは夫婦でも、その愛は冷え切ってしまっている。それを何となく惰性でやり過ごしているような状況は、決して良いものではありません。しかし、その関係になぞらえられた神と私たちの関係のなかで、神はかつての深い関係性のことを、決して忘れないと私たちに語り掛けてくださるのです。ここに帰りなさいと、神は私たちに手招きして待っていてくださるというのです。
それを、今日の新約聖書の言葉では「初めの確信」という言葉を用いて表現しています。子の確信は、イエスがキリスト(救い主)となられたという実体そのものに対する私たちの深い確信です。無いものを探るかのように得る確信では決してありません。私たちと関係性を求められる神が、間違いなく私たちに近づいてくださるということへの紛れもない確信なのです。
この確信に生きるために初心に帰る。私は新任教師の皆さんとともに過ごすなかで、今日一日の励みにしてまいりたいと思います。皆さんの一日も、そのような関係性のなかで与えられる大きな神からの祝福がありますように。心からお祈りします。