13/10/2026

2026.10.13(火)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
ヨシュア記24章18節
私たちもまた主に仕えます。この方こそ私たちの神だからです。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ルカによる福音書5章27~28節
イエスは、レビと言う徴税人が収税所に座っているのを見て、「私に従いなさい」と言われた。彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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おはようございます。
連休も終わり、今日から通常通りの生活に戻られた方もあるかと思います。私のような職業は、あまり連休に左右されるような生活を営んでいるわけではないのですが、それでも、世の中の動きに自分自身を合わせながら、そのような環境のなかで、福音を伝え分かち合うということこそが、大切であるとも思っています。それぞれの立場でウィークデイを過ごされる皆さんに、主の守りと平安を祈りつつ、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、黙想をつづりたいと思います。
 
今日の旧約聖書と新約聖書をつなぐ言葉は「神である主に従う」であると私は受け止めました。あらためて、自分自身に問いたいと思います。「私は神に従う生活というものを営もうとしているだろうか?」という問いかけです。
 
私たちは何もないところから、「神に仕え、神に従おう」という気持ちには絶対にならないはずです。わけのわからない、得体の知れないものに従う気持ちなどは起きないからです。だからこそ、神がどのような方なのか、私たちに神は何をしてくださったのかということを理解すべく、そのことを知ろうとする時と機会を、やはり大切にしたいのです。
 
今日の旧約聖書の言葉は、ヨシュア記の終わりの部分の一節です。40年にわたる出エジプトの流浪を終え、神によって約束された地にたどりついたイスラエルの民は、その後も、ヨシュアという指導者のもとで、自分自身の心を、生活を整えつつ、神とともにカナンの地で生きるという生活が始まりました。ある意味安定した生活が開始されたのです。
 
しかし、その安定さのなかにも、多くのチャレンジが民を待ち受けていました。時には試練と呼べるような出来事もたくさんあったのです。人間はが安定した生活を営むことは、私たちの目指すところであることは、誰も疑いの目を向けることはありません。しかし、安定しすぎることによって、大切な原点を忘れてしまうことも多々ある。これが私たちの偽らざる姿なのではないでしょうか。
 
原点を忘れたところには、ほころびが必ず生じます。だからこそ、私たちを安定へと導かれる神がおられるということだけは、私たちはいつも胸に刻めるように、神についての理解を継続的に深めていく必要があるのです。一日たったひとつだけの聖書の言葉でも良いのです。その言葉をめぐって、神と私たちは対話することができるのです。
 
そのような対話のなかで、神が私たちのために働いてくださったことを自分自身のうちに根付かせるならば、私たちは危機と呼べるような出来事が襲おうとも、そのなかで、神を神とする自分自身の思いを、神から芽生えさせてくださるという体験を味わうことが可能となるのです。本日の旧約聖書の言葉は、まさにそのことをイスラエルの民たちが経験したその歴史から、私たちの生活というものの糧とすることができるのだと思えてなりません。
 
そのような糧は、私たちの判断と決断に大きな影響を与えます。イエスの弟子となった徴税人レビもそうでした。自分自身が神に向き合おうとするなかで、そのふさわしさというものを彼は選び取りました。それは、主であるイエスに従う生活というものでした。大切なのはすべてを捨てるということではありません。神との交わりのなかで、何が自分自身にとって大切なのかということを見極め、その選択をしたということなのです。
 
だから、私たちはつねに「動機」が問われています。その動機を確かめるために、今日も聖書の言葉が与えられました。私たちひとりひとりが今日も、主とともに生きるために、この言葉を握りしめて、新たなひと日の旅路へと遣わされたい。これが私の得た黙想でした。
 
どうか、皆さんの生活のすべてに、神が親しく臨んでくださいますように。そのような思いを私たちの心のなかで、大切に温めることができますように。主にある祝福を、心からお祈りします。

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