04/11/2026

2026.11.4(水)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
ゼカリヤ書1章17節
主は再びシオンを慰められる。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヨハネによる福音書16章32節
(イエスの言葉)
あなたがたには、今は苦しみがある。
しかし、私は再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。
その喜びをあなたがたから奪い取る者はいない。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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おはようございます。
昨日の休日を、皆さんはどのように過ごされましたでしょうか。私も日々の雑踏から離れて、昨日は一日したいことをすることができました。ある意味「文化的」な一日を営むことができました。リフレッシュしましたので、今日からまた励んでまいりたいと思います。
 
今日のローズンゲンを通して選ばれたふたつの聖句ですが、これら聖句に共通する言葉は「再び」というものでした。私は今日、この言葉に注目し、黙想をつづりたいと思います。
 
今日の旧約聖書の言葉として選ばれたのは、ゼカリヤ書の一節でした。神の言葉を預かり、それを人々に伝えていたゼカリヤが活動したのは、ユダヤの民がバビロン捕囚から解放されて、無事にエルサレムへ帰還した頃でした。つまり、荒廃したままであった都エルサレムと、捕虜から帰ってきたユダヤの民にとって、彼らの願うところは「再生」であったことは、間違いありませんでした。
 
しかし、究極的に、再生をするのは彼らの自助努力によってではありませんでした。そうではなく、私たちの神が民たちの心に「再生」の思いを土台から与えない限り、彼らがどんなに再生の思いがあり、それに向かって頑張ったとしても、またバビロン捕囚前と同じことを繰り返してしまうに違いありません。神を信じていると公言しながら、結局のところ、それがポーズだけで終わってしまうことの繰り返しです。
 
だからこそ、神が私たちの心にしっかりとご自分こそあなた方の神であり、私があなたがたを守り、ご自分の道を歩めるように整えてくださるのだ。この思いこそが、今日の聖句にもあるように「再び」という言葉に十分に込められているのだと私は思うのです。
 
民たちの疲れ果てた心を慰め、再び神とともに歩む思いを与えられる神がすぐそこにおられる。神は、私たちのその日生きる命の再生を、今日もお与えになられているのです。私たちもまた、朝の目覚めとともに、命の再生を経験し、命の与え主である神とともに歩む幸いというものが、間違いなく準備されていることを、今日のゼカリヤ書の一節は、私たちに明らかにされました。
 
だから、たとえ目の前に苦しみというものが、私たちの生活を阻んだとしても、私は「再び」あなたがたと会うことによって、あなたがたは喜びに満たされると宣言されたイエスの言葉が、私たちの心に活力を与えるのです。今日の新約聖書の言葉に示されたイエスの言葉は、イエスが十字架に架けられる直前に語られたものでした。どんなことがあっても、民たちの心を再生に向かわせる神が、今も私たちの慰めとなり、励みとなるのです。
 
そんな思いをもって、今日も神によって備えられた再生の道を、私たちは神に導かれながら歩んでまいりたいと思います。どうか神が、私たちのその歩みを確かなものとしてくださいますように。そのことを心から願いつつ、主にある平安と祝福を、心からお祈りします。どうぞ素敵な一日をお過ごしくださいますように。

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