02/11/2026

2026.11.2(月)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
詩編7章9節
主はもろもろの民の裁きに当たられる。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
使徒言行録17章31節
神は先にお選びになった一人の人の力によって、この世界を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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おはようございます。
今日も、私たちを「裁く」神が、私たちに良い影響をもたらしてくださいますように。そんなことを、今日のローズンゲンによって選ばれたふたつの聖句は、私に教えてくださったと感じました。そのことについて、黙想をつづりたいと思います。
 
私たちは「裁く」という言葉に、どのようなイメージを抱くでしょうか。国語辞典(広辞苑第七版)を開くと、その意味は非常に多岐にわたっていることがわかります。
 
 ①からまったりくっついたりしているものを手で解き分ける。
 ②魚・鳥などを、切り開いて肉・骨などに分ける。
 ③手足を使って巧みに扱う。体を巧みに動かす。
 ④錯雑した物事をきちんと処理する。管理する。
 ⑤理非・善悪を判断する。第三者が争いごとに決着をつける。
 ⑥商品を売りこなす。
 ⑦さっぱりと派手にふるまう。
 ⑧ふるまう。おこなう。

といった具合です。そのなかで、私たちが今日の旧約聖書・新約聖書で用いられている「裁き」という言葉の意味に、最も近いのは⑤であるだろうと思います。神という第三者が、この世界に対する理非や善悪を判断するということです。しかし、私は④にも近いと思ったのです。この世界の錯雑、つまり混乱した状況を、神が処理し管理してくださるということが、裁きによって実現されるということです。さらに、その状況は①にも大きく関わってくると思ったのです。私たちの世界で複雑にからまってほぐすことができないような問題に、神がご自身のみ手をもって、解きほぐしてくださるというのです。
 
そこには、神御自身の「判断」というものが大きく関わってくるのです。実は、裁きと日本語に訳された言葉には、元来「判断(する)」という意味があるのです。ですから、裁きとは、何も断罪するといった意味だけでは語られていないのです。そうではなくて、神の極めて公正な判断が、この世界の複雑な状況のなかで働かれるときに、私たちひとりひとりの歩むべき道が示されるということなのです。その道の行きつく先は、神が本来人間に対してお望みになられている「祝福された人生」のひと言に尽きるのです。
 
ですから、もし、裁きという言葉が、断罪という意味だけでとらえて、裁かれることの怖さを感じるのであれば、それはむしろ逆なことであって、私たちの心と思い、そして身体に、神のご判断が豊かに働かれることに、私たちは大いに喜ぶことができるのです。そのために、神の言葉である聖書が与えられ、その言葉が神の言葉として私たちに響くべく聖霊の助けが与えられ、そのことを共有する信仰共同体の交わりが与えられたのでした。
 
私たちが今日も、聖書の言葉に聴き、聖霊の助けを十分にいただき、少しでも健やかにこの世界で生きることができますように。皆さんの主にある平安と祝福を、心からお祈りします。

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