17/10/2026

2026.10.17(土)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
エレミヤ書22章3節
公正と正義を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救いなさい。寄留者、孤児、寡婦を抑圧したり虐待したりしてはならない。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ガラテヤの信徒への手紙6章2節
互いに重荷を担いなさい。そうすれば、キリストの律法を全うすることになります。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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おはようございます。
今週も最終日を迎えました。この一週間を振り駆ることのできる今日のすべてが、神によって守られ、祝福されていることの実感がありますように。そのことを確かめるために、御言葉に聴いてまいりたいと思います。
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通するテーマは「神の力と助けによって誠実に生きる」と私は受け止めました。そして、そのような神による力と助けは、神御自身の姿勢である「公正と正義」に裏打ちされた「愛」であると私は受け止めたいと思いました。
 
公正と正義という言葉は、旧約聖書でしばしば登場する神の持つ特質です。神は、人間社会のなかではびこっている社会的な不正をご自分の姿勢で正し、不当な扱いを受けた者を守りることによって、秩序や公平をもたらされることを「公正」と呼び、その公正さをもって、神との正しい関係や、人びととの間(特に貧しい人や弱い立場の人々に対する)で誠実に生きる倫理的な態度のことを「正義」と呼んでいます。
 
つまり、公正と正義は切り離すことのできない言葉であり、かつそれは、神の関係性においても、決して切り離すことのできないものであると、私たちは理解することができるのです。
 
ですから、私たちが神から切り離されたところで、公正と正義を実践することはあり得ないし、もし、そのようなことを行うのであれば、それは人間の罪によってゆがんだものとなるのだということを、私たちは胸に刻まなければなりません。
 
このゆがみを担い合うことこそ、今日の新約聖書に記された「重荷を担い合う」ことの意味であると私は受け止めたいのです。だれもがゆがみを抱えて生きています。ですから、支障が私たち人間社会のなかでは必ず生じるのです。これを、神の公正と正義に裏打ちされた愛で担い合うことで、神の律法・キリストの律法の中心となる「慈しみの愛、自己犠牲的な愛」を私たちは神からいただきながら、この世界で誠実に生きるように促されているのだと、私は受け止めたのでした。
 
この一週間を振り返りつつ、神がなされたすべてのことに想いを巡らせながら、明日の主の日への備えの一日としたいと思います。神が私たちのこの時を祝福してくださいますように。心からお祈りします。どうぞ主にあって、素敵な一日をお過ごしください。

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