くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
イザヤ書51章7節
人のそしりを恐れるな。彼らの罵りにおののくな。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
テモテへの手紙二1章7節
神が私たちに与えてくださったのは、臆病の霊ではなく、力と愛と思慮の霊だからです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
新しい一週間が始まりました。主の日の礼拝から始まる七日間の旅路が、神である主とともに歩むことのできる幸いに包まれますように。そのことを心から願いつつ、祈りつつ、今日与えられた聖書の言葉に耳と心を傾けてまいりたいと思います。
今日のローズンゲンによって示されたふたつの聖句は、私たちがついつい抱いてしまう「人への恐れ」について語られたものです。そのなかで、これらの言葉は一貫として「神の霊に込められた助けによって、恐れから解放されることの幸い」を告げているものであると私は受け止めました。
詳細を語ることは控えますが、私自身、さまざまな「恐れ」に取り囲まれることがありますが、そのすべては「人間関係」によるものであると自認しています。特に、自分の思いがうまく伝わらないとき、相手とのコミュニケーションが円滑でないと感じるとき、ときに誤解を受けたり、批難を浴びたりするときには、過度に恐れを感じることがあるのです。何も、これは私だけのことではなく、人間ならば誰でも感じることなのではないかと思ったりもするのです。
そのような私たちの人に対する恐れを、神への「畏れ(おそれ)」、つまり、神への畏敬の念を抱くことこそが、神が私たちに恐怖をあおったり、臆病にさせることから解放してくださり、今日の新約聖書の言葉にもあるように、「この世を神とともに生き抜く力、神と隣人に対するアガペーの愛、そして物事を短絡的にではなく、十分に思慮をともなったものとしてじっくりと捉えていく思い」を、神が与えてくださることに、私は信頼しつつ、神とともに歩む旅路へと出発したいと願わされました。
私事ですが、いみじくも本日50歳の誕生日を迎えることができました。50代という新しい10年のスタートを切る一日にあたって、今日与えられた聖書の言葉に感謝して、神とともに歩んでまいりたいと思います。やがて、主が許されて60歳の誕生日を迎えることができるならば、その10年間を振り返って「神を敬い畏れることの幸い」というものを味わうことができるように、歩んで生きたいと思った次第です。
新しい一週間、その初日である今日の一日が、神のそのような守りと祝福を感じられるようなときでありますように。皆さんの主にある平安を心からお祈りします。
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