くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編142編8節
私の魂を牢獄から引き出してください。あなたの名に感謝するために。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
使徒言行録12章6節
ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神に献げられていた。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
昨日は黙想をつづる時間を確保することができず、お届けできませんした。気を取り直して、少し遅くなりましたが、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句から黙想をつづりたいと思います。
今日の旧約聖書と新約聖書をつなぐ言葉は「牢」でした。牢獄とも書かれていますし、今日の新約聖書の言葉には投獄されていたペトロについて書かれています。つまり、何らかの理由によって閉じ込められた状態を指していることがわかります。
今週に入って、もちろん充実した日々を過ごしていることは間違いないのですが、何か心にひっかかるものを感じながら過ごしていました。自分自身の心の許容範囲が明らかに狭まっていることを、痛感させられるようなできごとがいくつもありました。そのときに、普段だったら笑ってやり過ごせるはずなのに、なかなかそういうところに自分自身を持っていくことができない、そんな己の姿に嫌気がさしてきたのです。
まさに「自分の心が投獄され、牢獄のなかに閉じ込められているような感覚」に陥ってしまったのです。時間が経てばそのような感覚が薄れていくのだと思いつつも、また心狭く思ってしまうような出来事が続いてしまうために、なかなかそういうところから脱出できない自分自身があります。実は、今も現在進行形だったりします。
そんなときに、今日のローズンゲンの言葉は私の心境にフィットするものでした。「あなたの名に感謝するために」と詩人は歌いました。あなたの名、つまり、神である主のお名前には、「あなたとともにいることで、あなたの神となる。私はいるのだ」という言葉が、私に迫ってきたのです。そのことに感謝することすら薄れてしまっている自分自身を思い、申し訳ないやら、ありがたいやら。そんな温かい気持ちに包まれたのでした。
私のためにも祈ってくださる方が大勢おられますが、その筆頭に立って私のために祈ってくださる主イエスがおられるのだと。そんな救い主が与えられているのに、くよくよしている自分自身を省みては、本当にごめんなさいと謝りました。しかし、同時にありがとうございますと感謝することもできました。ここにこそ、たとえ牢獄のなかにあっても、それでも感謝をささげることの幸いを、あらためて思わされたのでした。
今日も与えられた一日のすべてが、そのような神の守りによって支えられますようにと祈ります。皆さんの一日にも、神がともにいてくださいますように。お祈りします。
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