くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
ネヘミヤ記9章5節
経って、あなたがたの神、主をほめたたえよ。
いにしえからとこしえまで
あなたの栄光の御名がほめたたえられますように。
それはあらゆる祝福と賛美にまさります。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
コリントの信徒への手紙一10章31節
食べるにも、飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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おはようございます。
昨日(10月4日)、ローズンゲン黙想を10月11日のものをしてしまいましたので、日付は変わりましたが、振り返りの意味も込めて、黙想を書きつづりたいと思います。
この日のローズンゲンに示された、旧約と新約のふたつの聖句をつなげる言葉は「栄光」でした。栄光とは、神が私たちをまばゆく照らし、行く道を示され、私たちが路頭に迷うことのないようにしてくださる、そのような光の源である神が放たれるすべてを「栄光」と表現することができるのだと私は思います。
旧約聖書の言葉として選ばれたのは、ネヘミヤ記9章の一節でした。ネヘミヤ記は、バビロン捕囚からエルサレムへ帰還することができた民たちが、その後、自分たちの町の城壁を完成させました。いよいよ都が復興しようとするそのとき、彼らは神の言葉を朗読して、ハッとさせられたのでしょう。「同じ轍を踏んではならない」と。
彼らは、神の光に照らされて歩むということの真意を理解していませんでした。最初は理解していましたが、そのうち忘れてしまったのです。光を受けて生きることに慣れてしまい、それが「当たり前」のものとして受け止めてしまったのです。だからこそ、光源がどこにあるのかなどということを考えずに生きてしまったのです。
彼らは、バビロン捕囚での苦しみをへて、神のおきての言葉に触れたときに、「もう二度と同じことを繰り返すまい」と決意します。そして、民たちは神へ、ざんげの祈りをささげました。そのなかで、彼がもっとも大切にしようとしたのは、「神の栄光」が自分たちには無くてならないものであるという、強い自覚の念だったのです。
それを受けた新約聖書の言葉は、そのことを私たちに思い起こさせるものです。食べるにも飲むにも、何をするにも、神の栄光があるからこそ、それを楽しむことができるのだと。そんな思いが、私たちに与えられているのだということを思い、深く感謝できました。
この感謝の思いを共有しつつ、神の栄光をたたえることができますように!
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