31/10/2026

2026.10.31(土)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
箴言10章2節
不正に得た富は役に立たず、正義は人を死から救い出す。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ローマの信徒への手紙3章24節
キリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより価なしに義とされるのです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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おはようございます。今週も最終日を迎えました。私にとって今週の七日間は、教団総会をはじめとするもろもろの予定が詰まった時でした。今日も、朝に大学の授業を終えたのち仙台へ戻り、私の働く「エマオ」で、キリスト教文化セミナーの時をもちます。秋らしいイベント目白押しのときにあって、ひとつひとつの出来事に誠実に取り組みたいと願わされます。そんなことを思いつつ、今日のローズンゲンによって示されたふたつの聖句から、黙想を得たいと思います。
 
今日はいみじくも「宗教改革記念日」です。今から509年前、1517年10月31日、カトリック司祭にして大学教授であったマルティン・ルターは、当時の教会体制について痛烈に批判をしました。その問題提起をした日にちなんで、以後、宗教改革記念日として覚えられ続けています。
 
私たちは、この記念日を通して、何を思い、何をいただくことができるのでしょうか。そんな意味で言えば、今日の旧約聖書の言葉は、くじで選んだとは思えないような聖句が選ばれていると私は感じました。不正は何の役にも立たない。ただ、神がもたらす正義こそが、人に命を与えるのだと。
 
宗教改革は、当時の宗教指導者が掲げる「正しさ」が、神の掲げる正義に沿っていなかったことによる改革運動でした。人間は誰でも、自分の思ったことを正しいと信じて生きている存在です。しかし、その正しさが、本当に正しいという保証はどこにもありません。正義の名のもとに、結局自己正義に生きてしまうのが、悲しきかな人間の性なのです。
 
だからこそ、私たちに生きるいのちを与えられた神は、ご自分の正しさによってのみ、私たち人間を活かすことができるのです。私たちはそのことを、どれだけ自分自身に与えられた良い「恵み」として受け取っているだろうかということを、じっくりと考えたいのです。
 
そのために、イエスは私たちに「正しきいのち」をささげられました。私たちがどんなにしてもささげられないものを、イエスは私たちのためにささげられました。ここにこそ、イエスを私たちのために遣わされた神の正しさ、正義があるということを、私たちは一週間を締めくくる一日の言葉として、しっかりと握りしめたいと思います。
 
どうか、私たちを守られる神が、この一日も、平安を与え、祝福を授けてくださっていることを、私たちが実感する者となることができますように。心からお祈りします。

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