くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編103編13節
父が子らに憐れみをもたらすように、
主を畏れる者らに憐れみをもたらす。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ガラテヤの信徒への手紙4章6節
あなたがたが子であるゆえに、神は「アッバ、父よ」と呼び求める御子の霊を、私たちの心に送ってくださったのです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
台風が関東地方に上陸し、そのまま本州を横断するようです。少しでも災害から心身を守ることができますように。そして、熊本地震で苦しみを覚え続けているすべての方に、神の守りがありますことを、心からお祈りします。
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通する言葉は「父」でした。父とは、まさに父なる神のことを指すわけですが、あらためて父なる神の姿というものについて、聖句より黙想したいと思います。
まず、今日の詩編の言葉103編13節には「憐れみ」という言葉が記されています。親が子をいつくしむような憐れみの思いを引き合いに出して、父なる神は私たちをいつくしみ、憐れんでくださるというのです。心の底から相手の痛みや弱さに共感し、温かく守ろうとする深い愛情や同情心が、憐れみという言葉の根底にある意味なのです。
また、この言葉から派生したものに「内臓」や「胎内」という言葉があります。お腹を痛めて宿した子を産むくらいにまで、母親の子に対する深くいとおしむ気持ちにも相通じるというのです。
この思いをもって、父なる神は、私たちひとりひとりの痛みを知り、それを担おうとしてくださるというのが、今日の旧約聖書の言葉が指し示す意味なのだと、私は受け止めることができました。たとえ人には理解してもらえなくても、私の神は私の悪いところも良いところもご存知であり、変えられるべきところは神の愛をもって変わるように、素敵な部分はそれが引き立つように、神は深い憐れみをもって私たちに助けを与えてくださるのです。
こうして「神の子」とされる私たちですが、その私たちにはモデルがいることを忘れてはなりません。「アッバ、父よ」と父なる神に呼び求めた、救い主イエス・キリストその御方です。イエスは神に憐れみを求めました。神が御自身を憐れんでくださることを疑うことなく信じていたからです。そして、救い主としての使命を貫徹されたのでした。
私たちは、このイエスに倣う者となることが許されているのです。そのために、御子の霊、つまり聖霊の善き力にしっかりと守られながら、今日という一日をも生きていくことが可能とさせられていく。このことを心の希望として、歩んで生きたいと思います。皆さんの一日に、神の平和と憐れみが、ともに豊かにありますように。心からお祈りします。
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