くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
詩編34編6節
主の使いは主を恐れる者の周りに陣を張り彼らを助け出される。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
使徒言行録5章19~20節
夜の間に主の天使は牢の戸を開け、使徒たちを外に連れ出し、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
一週間も中日を迎えました。今日一日起きることが、皆さんにとって神の恵みと慈しみを感じ取れる場面が、ひとつでもありますように。そのことを心から願いつつ、お祈りします。
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは、「神である主とともに歩むために」というものでした。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日の新約聖書の言葉は、聖霊の力を受けた使徒たちが、神に仕え隣人に仕えることを自らの使命とした結果、多くの人たちの人生が幸いなものに変えられていった結果、それを見ていた時の宗教指導者たちの妬みを買うことになりました。そして、ペトロをはじめとする使徒たちが投獄されてしまったときに、神が天使を通して語りかけられたシーンの一節です。
神は彼らを牢のなかに閉じ込めておくことを許されませんでした。そして、一人でも多くの隣人たちの命が幸いなものに導かれるために、神殿の真ん中でご自分が授けた言葉を、その言葉をもって救いの道を与えられた救い主イエスを、余すところなく人々へ伝えて、ともに分かち合いなさいと告げられました。
そんなことをしたら再び宗教指導者たちの妬みを買うのではないか? そう思ってしまいます。実際に、使徒たちが再び神が与えられる恵みと慈しみの言葉を大胆に告げようとする使徒たちを、ひっ捕らえようとします。しかし、彼らはその話を聞きたいと心から願う人々の逆襲を恐れて、手荒なことをすることはもはやできませんでした。
宗教指導者たちの、使徒たちに対する妬みは最高潮に達します。殺そうとする思いすら、彼らのなかには芽ばえたくらいです。しかし、良心ある宗教指導者の対応に、彼らは使徒たちに対して最低限の脅しをすることしかできなかったのです。こうして、使徒たちが神の言葉を人々に伝え続けることを、誰もが阻んだり差し止めたりすることができなかったことが、今日の聖句の続く部分に記されています。
ここで、神の言葉が神の言葉として明らかにされることを良しと思わない、あくまでそれに抵抗し続けようとする人間の本心というものがあらわにされます。そのような抵抗は、人間の「嫉妬」によるものでした。しかし、そんな人間の妬みが神の思いを打ち砕けるはずなどない。神はそういう思いによって、神とともに歩みたいと願う人たちが押しつぶされてしまうことのないように、しっかりと支え、神とともに歩みたい願いを守られたのでした。
それはまさに、今日の旧約聖書の言葉にもある通り、神は、ご自分とともに歩むことを心から願う人たちに陣営を敷かれ、しっかりとその心と体を守られると歌った詩人の言葉に相通じるのです。
私たちは、さまざまな人間関係のなかで、感情のゆらぎというものを感じることがあります。その揺らぎは時として、神とともに歩む思いすら削いでしまうこともあるでしょう。そうすることが恐ろしくなってしまうのです。こればかりは、私たちの心からわき出る正直な思いですから、決して否定するものではありません。そう思っちゃうのだからしょうがないのです。
しかし、私たちが本当に神とともに歩みたい。神から良いものをいただいて日々をはつらつと幸いなうちに過ごしたいと心から願うのであれば、その願いを神が捨て置かれるはずがないのです。私たちの心をすべてご存知である神が、私たちの願いを幸いなものへと必ず導いてくださる。その神のなさることに、信頼をもって応えていくことは、まさに神の助けをいただかないと不可能なことだと私は思いたいし、信じたいのです。
今日も私たちに神の言葉が与えられました。この言葉によって慰められ、そして励まされながら、一日の旅路を踏みしめてまいりたいと思います。必ず神が助けてくださることを心から信じつつ。皆さんの主とともにある平安を、心からお祈りします。