くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
エレミヤ書30章20節
その集いは私の前に揺るぎなく建てられる。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
エフェソの信徒への手紙2章20節
あなたがたは使徒や預言者から成る土台の上に建てられています。その隅の親石はキリスト・イエスご自身です。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
******
皆さん、おはようございます。
今週も最終日を迎えました。この一週間の旅路はいかがだったでしょうか? 七日間を振り返りつつ、新しい週への備えとして、この一日もまた神とともに歩む幸いを感じるときでありますように。ローズンゲンに示された今日の聖書の言葉に耳と心を傾けてまいりたいと思います。
今日のふたつの聖句に共通するテーマは「確かな土台」でした。私たちはそのような土台のうえに建てられていれば、たとえ私たちを揺るがす出来事が起きたとしても、それに揺らされながらも、たとえいささかの不安や恐れを感じることがあったとしても、究極的に破壊され、崩れ去ることはないのだということを、神は私たちに伝えようとしているのです。
それが、今日の新約聖書の言葉である、エフェソの信徒への手紙のなかでは「隅の親石」と呼ばれているわけです。建物を支えるためには、四隅をしっかりと支える土台の存在は不可欠です。たとえとして適切かどうかはわかりませんが、数年前に熊本を襲った大地震の際に、熊本城の石垣の多くは崩れてしまいます。しかし、四隅の角にあたる石垣だけはしっかりと建物を支えたため、建物の崩壊を免れることができました。「奇跡の一本石垣」と呼ばれ、ときの話題となりました。
パウロは、その隅の親石こそ、私たちの命の救い主であるイエス(キリスト・イエス)であると手紙にしたためました。私たちの心身に災いが襲うのは避けることができなくても、そのたびごとに、イエスがしっかりと私たちの心と身体を、聖霊様の守りをもって支えてくださるというのです。こうして私たちは、その守りによって生き抜くことが可能とさせられるのです。
そのことはいにしえから、神の言葉を伝え続けてきた預言者などによって受け継がれてきました。今日の旧約聖書の言葉はまさに、預言者であったエレミヤによって語られたものです。ご自分とともに歩む者の足取りがしっかりと守られているのだという神の思いが、エレミヤによって語られました。ひとりだけではない。ひとつの願いによって支えられた人々が、共同体としてその幸いをいただくことができるのだと。エレミヤの時代ならばそれはユダヤの民であったし、現代であれば、キリストによって構成された信仰共同体であると言えるでしょう。
今週も神によって守られたことを振り返りつつ、想い起こしながらその恵みを味わい知ることができますように。皆さんを守ってくださる神である主が、今日もそのことを想い起こさせてくださいますように。お祈りします。
