31/08/2026

2026.8.31(月)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
創世記28章22節
(ヤコブによる神への賛美)
「私は、あなたが与えてくださるすべてのものの十分の一をあなたに献げます。」

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
コリントの信徒への手紙二9章7節
喜んで与える人を神は愛してくださいます。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

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皆さん、おはようございます。
昨日は、世界中でおこなわれた主の日の礼拝を喜び、皆さんのそれぞれが、神の良いものを胸にして、それぞれの家路に就かれたのではないかと思います。私も、午前・夕方のそれぞれの礼拝で、良いものをたくさんいただくことができました。
 
午前は、夏季休暇の牧師に代わって、ある教会でみ言葉の取り次ぎの機会をいただきました。そのときに、その教会の方から「日々観想を読んでいます」というお声を数名の方々からいただくということがありました。私のつたない黙想ではありますが、聖書のことばを分かち合える関係性がここにもあったのだということを改めて知らされ、嬉しい思いとこれからもこの黙想を続けていきたいという気持ちが沸いてきました。本当に感謝なことでした。
 
そんな思いを抱きつつ、今日もローズンゲンを通していただくみ言葉の恵みを味わっていけたらと心から願いつつ、黙想をつづりたいと思います。
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通するのは、「自発的に」という言葉であると私は受け止めました。目に見えるあらゆることに強制されたり束縛されたりするからではなく、あくまで神との豊かな関係性をもって、私自身のわき出る思いからなされることを、神である主は祝福されるのだということを思わされる聖書の言葉でした。
 
親の財産相続で「失敗」したのは、双子の兄の不興を買ったヤコブでした。ヤコブは、神から財産を受け継ぐことを生まれる前から、母リベカを通して約束されていました。兄がいるのにもかかわらずです。この不自然な神の約束を実現するために、ヤコブも母リベカも、極めて「人為的な」仕方でそのことを実現しようとします。その結果、ヤコブの父イサクと兄エサウを罠にはめることによって、その目論見は成功しました。
 
しかし、その代償はあまりにも大きかったのです。ヤコブはエサウに命狙われて逃亡する羽目となりました。野宿しなければならないほどにみじめな思いをヤコブは経験しました。であると同時に「神の約束を果たしたのになぜ?」という不条理な思いが、ヤコブを取り囲んだのでした。そんなヤコブに神は現れました。そして神は告げます「あなたのことを決して見捨てない(創28:15)」と。この神の言葉に、ヤコブは「神がこの場所におられるのに、私は知らなかった(16)」と。
 
つまり、ヤコブは人為的に神の約束を果たさなくても、神はその約束を反故にされることは決してなかったのでした。神がご自分の仕方でその約束を果たされるということを、ヤコブは「知らなかった」のです。しかし、神はヤコブの失敗があったのにもかかわらず、ご自分の約束を果たされるとふたたびヤコブに約束されました。この確かな言葉に、ヤコブの心は動かされて、その結果、ヤコブは神に自らを「ささげる」ことを宣言しました。それが今日の旧約聖書の言葉が語る意味となっています。
 
つまり、神に強制されたわけでもなく、機械的にそうするのでもなく、自分のうちからわき出てくる感謝の発露として、極めて自由かつ自発的な行動へと駆り立てたのでした。
 
そのことが、今日の新約聖書の言葉にもよく表れています。「各自、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心に決めたとおりにしなさい。」(Ⅱコリ9:7)という言葉に続いて、その後半部分が、今日のローズンゲンに示された聖書の言葉となっています。「心に決めたとおりに」というのは、神との交わりにおける深い感謝や祈願の思いが、私たちそれぞれの心と思いに「判断と決断」というものを芽生えさせるのです。この判断と決断をもって、神とともに歩むという道を、今日という一日も選び取って、神の助けによって歩んでまいりたいと思います。
 
今日の一日が、神からの豊かな恵みに支えられたものでありますように。心からお祈りします。

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