28/01/2025

2025.1.28(火)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
詩編17編8節
主よ、瞳のように私を守り
あなたの翼の陰に隠してください。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
テサロニケの信徒への手紙二3章3節
主は真実な方です。あなたがたを強め、悪しき者から守ってくださいます。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用

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皆さん、おはようございます。
今日のローズンゲンに示されたふたうの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは「神は私たちを徹底的に守ってくださる方である」ということです。そのあたりについて黙想したいと思います。
 
今日の旧約聖書の言葉である詩編の一節において、詩人は私たちを「瞳」になぞらえて、神が私たちを瞳のように守ってくださるということを信じてこの詩をうたいました。瞳とは眼全体を指すことばでもありますが、具体的には瞳孔のことを言い、眼のなかに入る光を調節するという大きな役割を果たすものです。
 
私事ですが、2か月前に眼底出血を起こした際に左眼がまったく見えなくなってしまうということがありました。眼が見えないということがこんなに不安にさせるものだったのだということを実感したのです。幸いなことに治療の甲斐があって以前にかなり近いかたちで視力は回復しましたし、今再発を防ぐための治療を継続的におこなっていますが、あらためて今日の聖書の言葉で言う瞳の大切さというものを知らされたのです。
 
つまり、そのくらい私たちの生活に大切な瞳のように、神は私たち一人ひとりを守ってくださるというのです。そしてもうひとつ、私たちを守ってくださる神は、その翼で私たちを覆い隠してくださるというのです。「みつばさの陰に」という言葉が神の姿を象徴する言葉として私たちのあいだに受け継がれていることを、私たちは知っています。
 
つばさをひろげて親鳥がひなを守るように、神も私たちの危機をそのつばさで守ってくださる。これは、今日の新約聖書の言葉にも相通じていくわけです。ただ、私はこう思いました。どんなに神が私たちを守られるとしても、私たち自身も神から守られていることへの認識がなければ、そして与えられた命の尊さをもって自分自身もまたその命を尊び、大切に守り続けることをなくして、どうして神から守られているということを自覚できるだろうか、そんなことを思ったのでした。
 
自暴自棄になるのではなく、自己に過信するのでもなく、私たちは神から大切にされているということをじっくりと考えつつ、今日の一日を歩んで行きたいと思いました。ちなみに、大切という言葉は神の愛を示す言葉として、福音が日本に伝来された安土桃山時代に用いられていたものです。神の愛を「御親様の御大切」と表現したのです。親鳥がひなを大切に守るように、神が私たちを瞳のように大切に守ってくださるように、ご自身の愛で私たちを守ってくださるというのです。
 
今日の一日もまた、主にあって守られていることの幸いを味わうときでありますように。お祈りします。

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