くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編46編11節
静まれ、私こそが神であると知れ。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
マタイによる福音書14章33節
舟の中にいた人たちは、「まことに、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
今週も最終日を迎えました。一週間を振り返り、新しい週への備えの時として、今日の一日が神とともに歩む祝福に包まれますように。そのために、今日も御言葉に聴き、そして黙想したいと思います。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通するテーマは「静まりのなかで神を知る」であると私は受け止めました。どちらも静まったときに、神を知り、また神に対して信仰を告白したという出来事のなかで、これらの言葉が語られているからです。
今日の新約聖書の言葉は、湖上で荒波に翻弄される弟子たちに向かって、イエスが水面を歩いたシーンのなかで語られています。イエスはペトロを招きます。しかし、ペトロは恐れのあまり湖の上を歩くことはできませんでした。心が騒いでいたからです。その後、弟子たちを振り回した荒波もやみ、辺りは静まりました。弟子たちの心のざわつきも静まったことでしょう。
私たちの心は騒ぎます。大波であろうと小波であろうと、私たちは不本意なことが起きると心がざわつくのです。不安と恐れに駆られます。神がともにおられるのに、そんなことすら忘れてしまいます。そして、信頼がいつの間にかに消え去り、失われてしまうのです。これが人間の偽らざる姿なのでしょう。神から遠く離された状態、これが「罪」の示す本意なのです。
しかし、そのような私たちの心騒ぐ姿を御存知である神が、私たちに静けさを与えてくださる。時には静まれと私たちに訴え、時には私たちが静まれるように神御自身が働いてくださいます。この神の働きによって、私たちはまさに罪の深みから掬(すく)われるのです。救(すく)われるとは、そのような意味から来る言葉なのでしょう。
私たちの心をじっくりと眺めたいのです。今、騒いでいないだろうか。ざわつくものを感じていないだろうか。感じているならば、それはごくごく普通なことではあるのですが、そんな状態でい続けることは、心身に良い影響を与えません。早く解放されたいと願うのも当然なことなのです。
だからこそ、神は「私を知れ!」と、私たちに語り掛けてくださいました。知るとは心の底から理解することです。そのために祈りと御言葉の循環は私たちに無くてはならないものなのです。その潤滑油として、聖霊が豊かに働いてくださることを、私たちは希望のうちに受け取りたいのです。
一週間を振り返る今日のこの日、神をより理解するために与えられた時を用いることができますように。心からそのことを願いつつ、皆さんの一切に、神からの守りと平安を、心からお祈りします。
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