20/02/2026

2026.2.20(金)#日々の聖句#ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編40編12節
主よ、私に憐れみを閉ざさないでください。
あなたの慈しみとまことが
絶えず私を守ってくださるように。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ユダの手紙2節
憐れみと平和と愛を、神があなたがたに豊かに与えてくださいますように。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

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皆さん、こんばんは。
毎朝お届けしている黙想ですが、今日は夜になってしまいました。今朝は、外出地から仙台への移動をし、その後職場(教区センター)へ出勤しましたので、黙想をつづる時間をなかなか取ることができませんでした。
 
しかし、職場では朝にローズンゲンを開いて朝の祈りの時を持ち、夕方には、テナントとして入っているキリスト教書店(エッサイの木)で、ローズンゲンを開いて終わりの祈りの時を持ちます。そこでみ言葉の分かち合いを、ともに祈る仲間たちと味わっています。そのことを、遅くなりましたが今日の黙想としてつづりたいと思います。
 
私は昨晩、日本基督教団小田原教会の牧師であった、豊田通信(とよだ・みちのぶ)牧師の前夜式に参列しました。あまりにも急な発病と、その闘病生活の末、あっという間に神のみもとに先週召されていきました。豊田牧師とは20年間にわたって、カルト宗教対策で大変お世話になりました。つい最近まで、一緒にこの問題について、これからも続くものと思いつつ、活動していました。
 
それだけに、自分自身のなかで現実を受け止めるだけの速度に全然付いていくことができませんでした。自分自身のなかに大きな緊張を抱えつつ、弔いの場へ向かいました。そこで、司式の牧師が語る言葉のひとつひとつに耳と心を傾けるなかで、ひとつのことにあらためて気づかされました。神は、この同労者を大きな憐れみのうちに招き入れて、慈愛を注ぎ続けてくださっていたのだということをです。
 
カルト対策活動というのは、はた目からしたら決して報われることの多いものとは言えないかもしれません。牧師という仕事も、決して自分自身が得をするような生き方を与えるものではない。そんなことはいくらでも感じるわけです。しかし、報われなければ報われないほどに、損をすればするほどに、神の憐れみと慈しみは、これでもかというくらいあふれ、注がれるのです。私は先生にそのような思いを感じずにはいられませんでした。そうしたら、自然に涙があふれるのを感じました。葬儀に参列してめったに涙することはないのですが、昨晩は特別でした。
 
こうやって、神は私たちのひとりひとりをしっかりと守ってくださる。天に在る者も地にある者もすべて。そんな憐れみに支えられつつ、私は豊田牧師の遺志というものをしっかりと引き継いで生きる者でありたいと願わされました。これが私の黙想です。
 
今日も夜が更け、また朝がやって来ます。どうぞ神が与えてくださる良き休息が、私たちとともにありますように。そして、明日の日への備えが祝福されますように。心からお祈りします。」

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