くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編66編8~9節
もろもろの民よ、彼らの神をたたえ、その栄光を轟かせよ。神は私たちの魂を生かし、その足をよろめかすことがない。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ローマの信徒への手紙15章5~6節
忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ、声をそろえて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を崇めさせてくださいますように。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
四旬節(レント)2日目の朝を迎えました。私は例年、この40日間の旅路のなかで、何か読み通せるようなものを1冊、読むことができたらと思い、その年ごとに書籍に当たってきましたが、ここ数年はそのことからも何となく離れていました。ですので、今年はそのことに久しぶりに取り組もうと思い、久々ではありますが、『人生を導く5つの目的~自分らしく生きるための40章~』(リック・ウォレン、尾山清仁訳)を読むことにしました。1日一章ずつ読むことができるので、こういう時にこそ読み通すことができると思いました。ここでも観想を述べることができれはいいなと思ったりしています。楽しみです。
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは「キリストの価値観によってひとつとなる」ということについてでした。その黙想をつづりたいと思います。
今日の聖句は、新約聖書・ローマの信徒への手紙にしたためられた、伝道者パウロの言葉からでした。「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ」という部分です。ここで私はハッとさせられることがありました。私は日頃から、イエス・キリストに倣う者として、イエスの価値観に生きることの大切さと幸いについて、繰り返し繰り返し述べているわけですが、そのような思いを抱かせるのは誰かということについて、この聖句は大切なことを教えていることにあらためて気づかされました。
私たちにそのような思いを抱かせるのは、他ならぬ「神」であると、パウロは述べました。その神のことを、パウロは「忍耐と慰めの源」であると、私たちに伝えています。私たちの神は、私たちに対してキリストに倣う者となるべく、ひいてははるか昔から神に従う者となるべく、どれだけの忍耐を私たちに示し、どうしても従いえない私たち一人ひとりの心を慰めながら、私たちにともなってくださった、今もなおともなってくださるのだと。
私たちは、そのような神の私たちに対する態度を知ってこそ、そのような神に従い、それを私たちに体現されたキリストのように生きたい、キリストに倣う者として立てられるということを知るのだということを大切にしたいと思ったのです。何かマニュアルがあって、その通りに従っていればそれでよい、というわけではありません。その動機であるとか、根拠というものを大切にしたい。それが、私たちの神が私たちに対して示された忍耐であり、慰めであるというのです。
それは、私たちの命の救い主であるイエス・キリストが架かられた十字架における忍耐そのものであると私は受け止めたいと思いました。主イエスの十字架を見つめ、そのことを前にして自分自身を見つめる営みのなかで、この忍耐を見つめたいと思ったのです。
今日の一日が、そのような忍耐に支えられたものでありますように。そのことを心から願いつつ、皆さんの主にある守りと平安を、心からお祈りします。
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