くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
イザヤ書43章18~19節
先にあったことを思い起こすな。昔のことを考えるな。見よ、私は新しいことを行う。今や、それは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
コリントの信徒への手紙二5章17節
(パウロの手紙)だから、誰でもキリストにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去り、まさに新しいものが生じたのです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
この一週間も最終日を迎えました。この七日間の旅路を導いてくださった神が、私のどこにおられたのか、私はその神の導きに応えつつ歩んでいたか、どんな祝福を神が備え、与えてくださったか。そんなことを想いつつ、今日選ばれた聖句に耳と心を傾けてまいりたいと思います。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは「神の助けによって未来志向に生きる」というものでした。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
神が私たちに指し示してくださるのは、神のみ国の一点に尽きると言えるでしょう。私たちはその完成に向かって、神の備えられた道を歩む民であることを知らされます。それはやがて来たる終末の時まで続くことを想わされます。そこにこそ、未来にある幸いを見つめる「未来志向」というものが、確かに存在することを私たちは心から信じて歩みたいのです。
実際に、今日の聖句のなかにも、過去にあったことにこだわりを抱き続け、そこにしがみつくのではなく、神が与えてくださる「新しさ」が、いかに貴く、素晴らしいものであるかについて力強く語られていることが分かります。未来志向というのは、私たちの能力や努力で勝ち取るものでは決してなく、あくまで神が与え、指し示し、導いてくださるものなのです。
しかし、私たちはこの聖書の言葉に触れるときに、「過去をないがしろにする」ことは決して勧められていないということをも、大切にしたいと私は考えています。過去の歴史を私たちは決して忘れてはならないのです。そうしないと、私たちは過去に学ぶことなく、同じ轍を踏んでしまうのです。歴史はそうやって同じことを繰り返していることも事実なのです。
だからといって、昔のことにしがみ付いてもならない。それを神は決してお望みで無いことも確かなのです。だからこそ、神は昔のことを指し示しつつも、神とともに歩む未来志向の思いというものを、私たちに余すところなく提示してくださるのだと。私たちはそのことを心から信頼して、神である主とともに歩みたいと心から願わされるのです。これが私が受け止めたいと思ったことでした。
明日の主の日に向かって歩む者として、そのことを心しつつ、祈りつつ、神の助けをいただきながら、一日を歩むことができますように。神が皆さんの一日を守り、祝福してくださいますように。心からお祈りします。
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