31/01/2026

2026.1.31(土)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
詩編92編5節
主よ、あなたの働きは私を喜ばせる。私はあなたの手の業を喜び歌おう。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
使徒言行録3章6節
(脚が不自由であった男は)躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったろ踊ったりして神を賛美し。(ペトロとヨハネ)二人と一緒に境内に入って行った。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

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皆さん、おはようございます。
今週も最終日となりました。この一週間、皆さんにとってどのような日々でしたでしょうか? 神が皆さんの生活にどのように関わり、守ってくださったかを想い起こしつつ、来週への備えの一日として、今日の時をも過ごしていくことができますように!
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句のうち、新約聖書の言葉は、使徒言行録3章の冒頭にあるエピソードが選ばれました。長い間脚が不自由で、生活のすべを他者から頼らざるを得なかったひとりの人物が、使徒ペトロとヨハネによる「主イエスのお名前によって」なされた癒しの奇跡によって、脚力が復活して、心から神を賛美した出来事です。
 
神殿の門前で、物乞いをしながら生活しなければならなかった彼にとって、頼る相手は神殿を参拝する人たちでした。施しの行為をすることは、当時の人たちの功徳として広く受け入れられていましたから、別に悪いことでもなんでもありませんでした。その物乞いにとって、頼る相手が、他者から神へと変化していった一瞬がここにありました。
 
まさかこの男にとって、そのような心境の変化が起きるとは、つゆだに思わなかったでしょう。しかし、彼はペトロとヨハネの助けによって、神と向き合う機会というものが与えられました。神殿の存在は、彼にとっての生活の手段ではもはやなくなりました。生活の目的であり、彼にとって神殿は、自分の生活の中心となったのです。
 
私たちは、自分自身の経験してきたことによって、感情や思考、行動が規定されます。ですから、今までどのような生活を営んできたかで、自分自身の方向性というものが確立されていくわけですが、それがすべてではないということが、神との出会いによって明らかにされ、新たな道、神とともに歩む道の幸いというものが、提示されていくのです。
 
男は、神との出会いによって、明らかに心躍り、脚が躍り、喜びに包まれました。この喜びこそ、私たちひとりひとりにも例外なく、神から与えられるということを、今日の聖書の言葉は私たちに伝え、教え、経験させようとしているのです。それが神の願いなのです。
 
いにしえの詩人は歌いました。神の働きこそ私を喜ばせると。私たちの日々出会う出来事のなかで、いつもそのような思いに導かれるわけではありません。しかし、神はその人にとってベストなタイミングをもって、かならず喜びの時を与えてくださる。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。数日後か数年後かもしれない。その時が来ることを、希望をもって心待ちにしたいのです。
 
皆さんにとって、この一日もまた、そのような待望の時となりますように。また、喜べると感じたときに、大いに喜べる時となりますように。神が与えてくださる平安を、心からお祈りします。

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