30/01/2026

2026.1.30(金)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
ヨエル書2章19節
主は民に答えられた。
「私は穀物と新しいいぶどう酒
 また新しいオリーブ油を送り
 あなたがたを満ち足らせる。」

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
マルコによる福音書6章41~42節
イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰ぎ、感謝し、パンを裂き、それを弟子たちが分配するようにと渡され、二匹の魚も皆にお分けになった。人々は皆、食べて満腹した。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

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皆さん、おはようございます。
金曜日となりました。週末に近づくこの一日もまた、神が与えてくださった言葉によって、私たちの心も体も健やかに生きることができますように。そんなことを願いつつ、今日の聖書の言葉に聴きたいと思います。
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは「味わいの喜び」というものでした。そのことについて、黙想をつづりたいと思います。
 
神はご自分の民にひもじい思いをさせることはない。そのようなことを書こうものならば、世界には、この日本ですら、今日食べるものすら窮している多くの人たちがいることを知っていますから、そう簡単に無責任なことは言えないわけですけれど、今日の聖書の言葉に聴けば、私たちの腹を満たして、ひもじさから解放してくださる神がおられるのだということに、私たちは言葉に秘められた神の思いというものを、ちゃんと探りたいと思わされるのです。
 
世の中に十分に腹を満たすことができない環境があるならば、それは神のせいではありません。神の願いを無視し、自分たちが「神」となって世界を支配しようともくろむ、人間たちがゆがんだ支配をこの世界に向けているからです。分配できないのです。独占してしまうのです。このゆがみこそ、神の切なる願いを壊していく現実があることを、私はぜひ受け止めたいと思うし、忘れてはならないのだと思うのです。
 
だからこそ、今日の旧新約聖書の両方に記されていますように、神は、そしてイエスは、目の前にいる人たちの不足を、ご自分の最高のものをもって、分け与えてくださるのだというう思いがあることを受け止めつつ、では、そのような神の思いを前に、私たちには何ができるのだろうかということに、心を寄せる者でありたいと願わされます。
 
現実の状況を抱えながら、神にその思いをぶつけること、祈りを通して聴いていただくこと、食べるに不自由を覚えている人たちのために生きること、自分自身に与えられたものをもって神に感謝をささげること、それを味わい、その味わい深さをしみじみと、また大いに喜ぶこと。そして、今日の新約聖書の言葉にもあるように、神の奇跡を心から信じること。指折り数えれば、私たちにできることなど、いくらでもあることを思わされます。
 
食物を通して、神は私たちにご自分の喜びを分け与えられました。その喜びを私たちは受け取り、味わう喜びを他者と分かち合うことができるのです。この食べ物とは、実際の食べ物もそうですが、神が与えてくださる言葉もまた、私たちにとっての「命のパン」であることを想いつつ、今日の言葉を胸に抱きつつ歩んでまいりたいと思います。皆さんの一日が、そうであるがゆえの幸いを、味わう時でありますように。心からお祈りします。

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