09/01/2026

2026.1.9(金)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
エレミヤ書31章13節
私は彼らを慰め、悲しみに変えて喜びを与える。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
コリントの信徒への手紙二1章7節
私たちがあなたがたについて抱いている希望は揺るぎません。なぜなら、あなたがたが苦しみを共にしてくれているように、慰めをも共にしていると、私たちは知っているからです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

******
 
皆さん、おはようございます。
今日も、皆さんの心と身体のすべてを神である主が守り、祝福してくださいますように。今日出会うさまざまな出来事、さまざまな人との関わりが、そのような神の守りと祝福によって支えられ、慰めを大いに受けることで、生きる力となりますように。お祈りします。
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句に共通するワード、それは「慰め」です。慰めとは何でしょうか。国語辞典では「不満な心をしずめ満足させる。心を楽しませる。相手の悲しみや苦しみをなだめる。いたわる」とあります。そのすべての意味が、今日の聖句における慰めという言葉に表れていると言ってもよいでしょう。
 
今日の新約聖書の言葉である第二コリント書の一節は、このような慰めが「希望」へとつながるのだということを、この手紙の著者であるパウロが明らかにしています。慰められるからこそ勇気づけられ、元気づけられて、それが希望に結び付くということを、私たちはよく知っていると思います。実際に「慰め」と訳されているギリシア語は「弁護者」という言葉と同義で用いられています。
 
イエスが弟子たちに対して、たとえ見える形であなたがたの前からいなくなることがあっても、あなたがたの苦しみをともにし、あなたがたを弁護するための助け主を与えることを約束されました。それこそ「聖霊」なのであって、聖霊が「慰め主」と呼ばれるのも、よく理解できるのです。
 
だからこそ、今日の聖句を読み解き、それを自分自身への言葉として染み入るものとするために、無くてならないのは「聖霊の助け」に他ならないのです。聖霊は極めて未来志向的なものであるから、慰めと希望というものは切って離すことのできない大切なものなのだと私は受け止めました。パウロがコリント教会における数々の困難のなかにあっても、それでも決して希望を忘れ去ることをしなかった。なぜならば、そこには聖霊による慰めがあったからです。
 
これは、辛酸を舐め尽くしたユダヤの民とて同様でした。苦しみの極みに立たされたときに、彼らにとってただ必要なのは、慰めとともに希望を与えてくださる神御自身が民たちとともにいてくださることでした。こうして、彼らは再生の道を神とともに歩む思いが高められていったのでした。
 
この慰めが、今日も私たちの生活を支え、その慰めを聖霊によって神が与えてくださいます。その助けが希望を生むことができますように。祈ります。

0 件のコメント:

コメントを投稿