くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
申命記3章24節
主よ、あなたはその栄光と力強い御手とを、あなたの僕に示し始められました。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ヨハネによる福音書17章24節
(イエスの祈り)父よ、あなたが私にお与えになった者たちが、私のいる場所に共にいられるようにしてください。あなたが私に与えてくださった栄光を、彼らが見るようになるためです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
今日も寒い一日ですが、どうか私たちの身体と心が神によって守られますように。私たちの神とともにある一日が、私たちの出会うすべての方々にとっても、大きな喜びとなりますように。心からお祈りします。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったメッセージは「私のためだけでなく」というものでした。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日の旧約聖書の言葉は、エジプトから40年間にわたる苦難の旅路を終えようとしているイスラエルの民を率いた指導者モーセが、神へ願いをささげているその冒頭の一節です。モーセはこの長い流浪の旅のなかで、つねに神が民たちにご自分の力強い御腕をもって導かれたことを実際に経験しました。そして、今や神が示された約束の地を目前にして、その神に向かって40年間を振り返りつつ、神に向かって自分の告白をしています。
今日の聖書の言葉のあとに続く部分で、モーセは「自分は是非約束の地にたどり着きたい」という思いを神に告白しました。しかし、神はその願いをお許しにはなりませんでした。モーセの切なる願いを、決して聞かれることはなかったのです。しかし、神はご自分の40年間んの導きを決して無駄なものにはされませんでした。モーセの後継者としてヨシュアを指名し、そのヨシュアに約束の地を渡らせるための指導者としてお立てになられました。
自分はその夢を叶えることはできませんでしたが、民たちにはご自分の約束を果たされることによって、ご自分の栄光を示されました。モーセの40年間を、そして人生の歩みを、決して無駄にはされませんでした。ここにこそ、神が世代を経てもご自分が民たちの神であることを明らかにされたのでした。
そのことが、今日の新約聖書の言葉にもよく表れています。今日の新約聖書の言葉は、十字架に架けられる前夜、イエスが神に向かって祈った、その祈りの一節が選ばれています。今や十字架に架けられて死の極みに立とうとされておられるイエスは、まさに神の栄光からは一番遠いように見える姿でした。しかし、ご自分の死を通して、遺された弟子たちが引き続き、いやそれ以上に神の力強い御手によって守られるように祈ったのでした。まるでその祈りは、モーセに対して神が示された姿に重なると私は受け取ったのです。
私自身の願いは願いの通りに叶うことがないかもしれない。しかし、神が人に対してなされた約束は、必ず何らかの形で継承され、果たされていくのだ。そのことに喜ぶ者でありたい。私はそんなことを今日の御言葉から受け取りたいと思いました。
こうしてキリスト教の歴史は2000年にわたって継承されてきたことを思うと、私のためだけではなく、神が愛しておられるご自分の民たちのためにもその力を余すところなく働かせてくださることを、私たちの希望としていきたいのです。そのことを信じて、今日も歩むことができますように。お祈りします。
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