くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
ヨシュア記22章29節
今日、私たちが主に逆らって、主から離れ去ることなど、私たちがするはずがありません。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
テモテへの手紙一4章16節
自分のことと教えとに気を配り、それをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
今週も最終日を迎えました。年明けの初週ということもあり、慌ただしくもあったかもしれません。寒い毎日も続きました。ここまで神が私たちを導いてくださったことを喜び、また感謝しつつ、今日も神の言葉に聴いてまいりたいと思います。
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは、「主とともに生きるために」というものでした。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日の新約聖書の言葉は、年若い伝道者であったテモテに対して、年長者であるパウロが大切なことを伝え、教えることを目的として書かれた手紙の一節です。これが本当にパウロによって書かれたものであるかどうかという議論もありますが、少なくともこれからの時代を担う、成長著しい者たちに対して、大切なことを教えようというコンセプトがあることは間違いありません。私たちもまた年若い者となったつもりで、この手紙が語ろうとしているメッセージに、耳と心を傾けることができるのです。
「自分自身」と「教え」とに気を配るとあります。神がイエス・キリストを通して私たちに授けられた「良い教え」は、私たちの知識欲を満たし、教養を高めることだけにあるのではありません。そうではなく、自分自身に気を配りつつ、己の生き方を整えることに大きな意味があると言えるのです。自分自身の生き方というものを、イエスが抱き、与えられた価値観によって整えられたときに、私たちはキリストの香りを放つ者として、主とともに生きる幸いを味わうことができるというのです。
ですから、この手紙のなかでは、自分自身と教えとに気を配った結果として、「自分自身」と「あなたの言葉を聞く人々」を救うことができるとつづられています。私たち自身が、イエス・キリストの価値観によって生きようとする思いを、神は必ず祝福し、そのように私たちを整えてくださり、私たちが出会う人々ひとりひとりにも良い感化を共有できるのだということを、私は信じたいし、そうであって欲しいと心から願うし、そのように生きる者でありたいという憧れを、現実のものにしたいと思うのです。
私のことだけでない、私と関わる人々も神によって平和になれる。そのために、私がまず、神の良いものをいっぱいに受け取って、その指し示された生き方というものを自分自身のものとする。そのために御言葉に聴き、そして祈るという営みの循環を大切にしたい。そうすることで、キリストの教えが形骸化せず、いつまでも活き活きしたものとして、私たちの心に響くのでしょう。
今日の旧約聖書の言葉は、イスラエルのそれぞれの地にあった者たちが、この地に導かれた神のなさることに喜び、感謝しつつ、その神に対して自らの決意を述べた言葉です。神である主に背中を向け、離れ去ることなど決してないのだ。そんな彼らの確固たる意志というものを、この言葉から読み取ることができます。そのためには、彼らが神の語り掛ける声に耳と心を傾け、そこに真摯に向き合って自分自身の生き方としたときに、このような告白の言葉が実質的なものとなっていったのでしょう。
この一週間を振り返って、私たち自身の生き方がどのようなものであったか。私たちはそのことを誠実に向き合って、神とともに生きる幸いというものを確認しつつ、新しい一週間に軸足を向けることができますように。皆さんの一日が神によって良いものとなりますように。心からお祈りします。
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