12/01/2026

2026.1.12(月)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
歴代誌下14章10節
主よ、あなたには、弱き者を強き者に抗して助けることも難しいことではありません。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ルカによる福音書9章42節
イエスは汚れた霊を叱り、子どもを癒やして父親にお返しになった。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

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皆さん、おはようございます。
三連休の最終日、それぞれの一日を楽しまれることと思います。皆さんが事故なく、おだやかに今日の日を過ごすことができますように。お祈りします。
 
さて、今日のローズンゲンにしめされたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは、「弱いところに目を向けられる神」というものです。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
 
今日の旧約聖書の言葉は、南イスラエル王国(ユダ王国)の統治者であったアサ王の、神への告白と嘆願の言葉が選ばれました。遠くアフリカより、ユダヤを攻めようとする大軍を前に、アサ王は人間的な力ではどうすることもできません。王という立場にありながら、王として何ができるだろうか。無力を痛感するなかで、彼は神に嘆願しました。
 
アサ王にできることは、ただ神の助けを乞うことでした。アサ王は自分自身の弱さというものを知っていたからこそ、その弱さを隠すことなく、弱さに卑屈になることもなく、神の御前に自分自身の弱さというものをさらけ出して、神の助けを望み、そして神に全幅の信頼をもって告白したのでした。その結果、アサ王は神の助けによってこの困難を乗り越えることができたのでした。
 
私にとって難しいと思えることでも、神にとっては難しいことではないというアサ王の告白は、まさに私たちと神との関係にも相通じるメッセージであることを受け取りたいのです。もちろん、行動するのは私たちです。しかし、その行動をご自分の価値観で支え、導き、助けてくださるのは神なのです。私たちは、いかにそのことに心を寄せて生きることができるのか。今日の聖句はそんなことを私たちに問いかけているような気がしてなりません。
 
息子の奇病のために八方手を尽くしても、何ら改善を見ることがなかった父親の嘆願が、その場に遭遇したイエスに向けられます。まさに藁をもすがる気持ちであったに違いありません。父親は息子の弱さとともに、自分自身の弱さをも抱えて、イエスに向かって言ったのでした。そういう弱さの告白を、イエスはしっかりと受け取り、その弱さに報いられたのです。息子の病はしっかりと癒されて、父親に平安と喜びとともに息子との生活を回復させたというのが、今日の新約聖書の言葉です。
 
弱さとは何か。自分自身のうちにある弱さというものを、私自身が見つめるときに、その弱さをすべてご存知である神がともにいてくださる。ここに希望を抱きつつ、神に私たちのまなざしを向けることができますように。今日一日の歩みを、神がしっかりと導いてくださることに、私たちの心が素直になることができますように。お祈りします。

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