30/12/2025

2025.12.30(火)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
出エジプト記33章17節
主はモーセに言われた。「あなたは私の目に適い、私は名指しであなたを選んだのだから。」

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
テモテへの手紙二2章19節
神の堅固な土台は揺るぎません。そこには、こう刻まれています。「主はご自分の者たちを知っておられる。」
『聖書 聖書協会共同訳』より引用

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皆さん、おはようございます。
今年も残すところあと2日となりました。年末への慌ただしいラストスパートの時を過ごしておられると思いますし、すでに大型連休のなかで長旅を楽しんでおられる方もおられるかと思います。私も今日と明日の2日間、妻の実家を訪ねて、ひと時の休暇を楽しみたいと思います。皆さんの今日の予定もまた、神が与えてくださる祝福のうちにありますように。お祈りします。
 
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったのは「神の堅固な土台」というものでした。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
 
この言葉は、新約聖書・テモテへの手紙のなかに書かれた一節です。この手紙を書いたとされるパウロは、歳若い同労者であるテモテに対して「神の堅固な土台」が確かにあることを手紙にしたため、そして伝えました。では、その堅固な土台とはいったい何なのでしょうか。
 
私はこの土台を「神による人間への深い信頼」と受け止めました。この信頼が土台にあるからこそ、人間が有史以来いくたびも神を裏切り続けても、それでもなお神が私たち人間を深く愛し、命の救い主までお与えくださったのだというのが、聖書全体を通して語られる最も大切なメッセージなのだと私は受け止めたいのです。
 
信頼は「知る(理解する)」ということによって、さらに明らかにされます。私たちのことをその細かい部分まで理解してくださる方がおられる。これこそ私たちの神であるというのです。知られている、理解されているというのは、私たちに安心感を生みます。「私のことを分かってくださっている」ということは、親が子のことを想うように、深い信頼の土台の上にあって、私たち一人ひとりを生かす絶対不可欠なものとなります。私たちはこうして支えられているのです。
 
私たちは、神による私たちへの信頼がなければ、神を信じることはできません。神が信頼してくださっているからこそ、その神の信頼に心から応えたいという、きわめて自発的な思いを生むのです。何かに強制されるわけでもなく、あくまで自分自身の感謝の応答として、神とともに歩むという道を選び取っていく。ここにこそ幸いが存在するのです。
 
今日の旧約聖書は、神である主がモーセに語られたシーンです。まさに「神のモーセ、またモーセが率いるご自分の民への信頼」そのものです。しかし、この言葉が神によって語られた時、イスラエルの民にとっては長い長い、40年にわたる流浪の旅が待ち受けていました。そんななかでこの旅をやがて終えることができたのは、どんなことがあっても揺るがない「神による人間への信頼」だったのです。
 
2025年を振り返り、2026年へと歩む私たちが、信頼について今一度振り返り、考えることができますように。

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