14/07/2024

2024.7.14(日)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
詩編24編1節
地とそこに満ちるもの
世界とそこに住むものは主のもの。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
エフェソの信徒への手紙2章19節
ですから、あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用

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皆さん、おはようございます。
新しい一週間の朝を迎えました。今日、世界中の教会や集会で行われる主の日の祝祭に、神の祝福が豊かにありますように!
 
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句、特に新約聖書・エフェソの信徒への手紙には「神の家族」という言葉が登場します。これは、神のもとに集められた私たちのことを指す言葉ですが、この集団が「家族」、しかも「神の」家族であるということに、私は注目して今日の聖書の言葉に聴きたいと思わされました。
 
家族については、皆さんがそれぞれに家族というものを経験しているのであって、家族に対sる価値観というものは、実に多種多様なものであると思います。かく言う私も、父母のあいだから生まれ、兄弟たちとともに家族として生きてきた経験がありますし、今は妻とともにひとつの家族というものを経験しています。その家族像から浮かび上がってくるものは何だろうか。そんなことを考えていました。
 
世の中にある家族に、100%理想通りの家族がつくりあげられているという実例を私は知りません。理想を掲げながらも現実は違っていて、理想と現実のはざまで時には葛藤し、衝突し、いろいろ格闘しながら、家族というものが形成されているような気がしてなりません。それは、この手紙を書いた使徒パウロが、教会という集団に対しても同様であることを痛感していたに違いないのです。
 
だからこそ、家族をつくりあげるものとは一体何なのかということに、心を寄せられます。「神の家族」という言葉から、教会であれ各家庭であれ、何を柱に据えるかということがy貼り大切なのだということを、今日の聖書の言葉は如実に語っているのです。神の価値観が家族を構成するひとりひとりをつくりあげ、そして神がその家族のあり方を平和なものへと導くのだと。この理想を100%実現できなかったとしても、そこに向かって歩んでいくことがいかに幸いなことだろうかと、私たちは心から実感していきたいのです。そのことを、少なくとも神は私たちを「ご自分のもの」として大切に守り、養ってくださるからです。
 
今日も、教会が神を中心として、個々人が大切にされつつも、ひとつの家族とされていることに喜びつつ、私たちに与えられている分をもって一日を生きることができますように。お祈りします。

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