イザヤ書43章18~19節
先にあったことを思い起こすな。
昔のことを考えるな。
見よ、私は新しいことを行う。
今や、それは起ころうとしている。あなたがたはそれを知らないのか。
旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
マタイによる福音書13章31節
天の国は、人が畑に蒔くからし種に似ている。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用
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皆さん、おはようございます。
今日の新約聖書のなかで「からし種」が登場します。手でつまんで取ることが難しいくらい微小なからし種です(クロガラシと呼ばれるもので、0.5ミリほどと言われています)が、蒔いて成長すると、優に人の背丈を超えてしまうほどの大きさ(5mくらい)にまでなると言われています。
それが、イエスによって語られた「天の国」のダイナミックであると言えます。ダイナミック。ダイナマイトと元を同じくする言葉であり、ごくごく小さなものからも、爆発的な力を生み出すことができるさまを表現していると言えるでしょう。その天の国を、私たちに与え、その中心に立ち、生きて働いてくださるのが、神であるということに他なりません。
私たちは自分自身の経験値に基づいて、物事を考え、とらえ、行動します。しかし、それは時に、物事を自分自身で小さく仕立ててしまうことがあるのではないかと、私は思ったりしています。自分自身の経験値というのは、役に立つことがある反面、神がもたらしてくださる可能性というものを排除して、自分自身の限界のなかにとどめて物事を進めてしまうきらいがあるのだと。もちろん、現実的な視点は大切ですが、現実的なことばかりに視点を置くのも考え物なのです。
今日の旧約聖書の言葉であるイザヤ書43章の聖句は、昔のこと、つまり自分自身が慣れ親しんできた習慣・慣習・伝統というものに対して、必要以上にしがみつくことから離れなさいと勧め、また先行き見えない将来に対する不安にとらわれるばかり、明日の一歩も踏み出せないような状況からも脱しなさい。成長などできるのかと思えるくらい小さなからし種からも、大木を生み出す力を神は持っているのだから。そういう神が、私たちとともにいてくださるのだから。あなた方はただただ神である主とともに歩みなさい。そんな声が聞こえてきそうな聖書の言葉であると受け止めました。
神が開拓してくださる希望に、今日も生きることのできる幸いを感謝しつつ歩むことができますように。お祈りいたします。
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