15/12/2023

2023.12.14(木)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた本日の旧約聖書のことば
詩編97編11節
光は正しき人に
喜びは心のまっすぐな者に蒔かれる。

旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
マタイによる福音書25章1~2節
天の国は、十人のおとめがそれぞれ灯を持って、花婿を迎えに出て行くのに似ている。そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用

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皆さん、おはようございます。
昨日は、黙想をお届けすることができませんでしたので、一日遅れですが、「昨日の御言葉の黙想」としてお届けしたいと思います。もしよろしければ、お読みくだされば幸いです。
 
実は、私が働く仙台宮城野教会では、毎週木曜日に「聖書研究祈祷会」が行われますが、いみじくも昨日の聖書箇所がマタイによる福音書25章でした。昨日の新約聖書の言葉として選ばれた部分です。イエスによって語られた「十人のおとめ」のたとえ話の冒頭部分です。
 
花婿を迎えるために、花嫁の従者であるおとめ10人が灯をともす準備をしています。たとえ話は、5人のおとめは灯油を十分に準備していましたが、5名のおとめはその備えがなかったのです。それはいざ花婿を迎える時となったときに、明暗が分かれました。このたとえ話は、私たちがいかに備えすることが大切かということを教えるものとなります。主が再び来られる、つまり再臨の時への私たちの備えというものを、この聖書の言葉は私たちに伝えています。まさに、アドヴェント(待降節)に読むべき御言葉と言えるでしょう。
 
私たちがアドヴェントの日々を過ごすというのはどういうことなのか。アドヴェントは毎年訪れるし、4週間の日々もある。いくらでもマンネリ化できるものなのだと私は思うのです。今を生きるときに、将来への備えとして生きているだろうか。そんなことを思わされます。今の営みは、将来への種まきなのだと。そういう思いで、今この時を誠実に生きることが求められるのだと。アドヴェントとは、やがて私たちのもとに来る救い主イエスを、心からお迎えするための、私たちひとりひとりの心が整われる時であることを思わされます。
 
備えられたところにこそ、光を光として感じ取り、神が与えてくださる喜びをも味わうことができる。そんな思いで、アドヴェントを楽しむ者でありたいと願います。皆さんの主にある祝福をお祈りいたします。
 

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