18/05/2023

2023.5.18(木)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた本日の旧約聖書のことば
箴言19章21節
人の心にはたくさんの企て。
主の計らいだけが実現する。

旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
使徒言行録1章6~9節
使徒たちは集まっていたとき、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。ただ、あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となる。」
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用

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救い主イエスの復活40日目を迎えました。そして、今日はキリストが天にあげられたことを祝う「昇天祭」です。今日選ばれた旧約聖書のテーマに沿って選ばれた新約聖書は、イエスが昇天されたときの記述である、使徒言行録1章の言葉が選ばれています。教会暦を意識して選ばれた聖句ですので、もちろんそういう恣意的なところはあるわけですが、しかし、それでも本日の旧約聖書のテーマに沿っているものですし、何よりも「イエスの昇天」の意味というものを、あらためて考えさせられる。そういう聖書の言葉であると心から感じさせられました。
 
その前に、今日の旧約聖書の言葉に心を傾けたいと思います。
 
人の思いを超えて、ただ神の御心のみがなる。今日の旧約聖書の言葉に触れて、私が真っ先に思い浮かんだ言葉です。どんなに私たち人間があれこれ神の御心について考え、そのために聖書の言葉に当たったり、神に祈るなどして、自分なりに「これが神の御心である」と信じて行動しても、それが本当にそうなるかどうかは、やはり分からない。もし間違っていたら原点に回帰することの大切さを想わされる聖書の言葉でした。
 
引き返す勇気。これは神から与えられるものなのだと、私は今日の聖書の言葉から改めて思わされました。そして、引き返す勇気は聖霊の導きによるものなのだと、新約聖書の言葉から想わされたのです。
 
復活のイエスに出会った弟子たちは、やはりイエスに自分たちを治める王として君臨してほしい。そのような思いがあったに違いありません。これは弟子たちがイエスに対して抱き続けていた期待でした。しかし、イエスはそんな弟子たちの願望にかかわらず、天に昇って行かれました。これは弟子たちの願いというものを反故にしたものではなかったと私は思います。むしろ、イエスが王として私たちを平和のうちに治めてくださるために、より確実な道というものをイエスが私たちに示されるために天に昇られていったのだと。
 
弟子たちは、イエスがイスラエルという国を建て直すのは今ですかと尋ねます。まさに自分たちの期待をイエスに寄せていたゆえの言葉であると言えるでしょう。しかし、イエスは、その時はあなたがたの知るところではないと答えられました。ただ神のみぞ知るのだと。そしてイエスは、神の御心を明らかにされます。それが「聖霊の降臨」であって、弟子たちにイエスの良き支配を宣教するという新しい使命をお与えになられました。
 
イエスの昇天というのは、まさに弟子たちにとって新しい転換点を示すものであったことを思います。しかし、弟子たちとイエスの関係性というものは決して途切れるものではなく、むしろより明らかに、より確かに、その関係性が大切にされる機会でもあった。私たちは、10日後に訪れるペンテコステを前に、聖霊という存在が私たちに力を与えることの意味というものをじっくり考える。そういう機会が与えられていることを大切にしたいと思います。
 
今日も皆さんの一日に、確かな関係を求められるイエスの恵みが、ともに豊かにありますように。お祈りいたします。

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