06/07/2022

2022.7.6 #日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた本日の旧約聖書のことば
イザヤ書60章19節より
あなたにとって、主がとこしえの光となり
あなたの神があなたの誉れとなる。
 
旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
ヨハネの手紙一1章5節
私たちがイエスから聞いて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用
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神は私たちにとって永遠に「光」でいてくださる。これが、今日の旧約聖書と新約聖書をつなぐメッセージです。そして、これらふたつの聖書の言葉に続いて語られる「第三のテキスト」(原著『Die Losungen』にある、聖書の言葉に基づいた賛美や祈りの言葉。日本語版は割愛)は、宗教改革の先駆者であった、チェコの神学者であるヤン・フスによる祈りの言葉でした。今日7月6日は、フスが殉教した日(1415年)です。
 
私たちのもとに来てください、待望なるキリスト。
世界をその御手におかれる万能の主よ。
私たちの心にあなたのことを知らせてください。
恐れることなく、あなたにまみえさせてください。
私たちが救われて生きるために、あなたの御心に適った道へと導いてください。
永遠に生きて働いておられるあなたが、私たちをあなたの栄光へと導いてください。
 
ヤン・フスは、14世紀から15世紀にかけてチェコの地で、聖書の言葉が語る神の本質にこそ、私たちが歩むべき道であることを説きました。やがて、それは当時のチェコにおける宗教的な権威者をおびやかすこととなり、最終的にフスは処刑されてしまいました。彼の「真実は勝つ」という辞世の句は、今でもチェコ国民を励ますこの国の標語となっているくらいです。
 
フスは、当時の権力者からの弾圧と迫害を受けていました。そういう苦しいなかで、フスは上に掲げた祈りの言葉を祈ったと言われています。作家・佐藤優氏によれば、この祈りの言葉は、この地域の伝統的な祈祷文だったのを、フスは一部言葉を変えて祈ったのだそうです。それは、4行目にある「恐れなく」という一文であり、もともとは「罪なく」という祈りの文だったのだそうです。
 
私たちは恐怖の心が募ると、しばしば判断を誤ってしまうなどということがあると思うのです。恐れのなかにいる状態は、まるで闇のなかをさまよっているような感覚に陥るわけで、だからこそ、行くべき道すら失ってしまうような、そんな状態に私たちは引き込まれてしまうというわけです。
 
だからこそ、フスの「恐れなく」という祈りの言葉の意味を、じっくりと黙想し、かみしめたいと願わされます。恐れ知らずのという意味ではなく、あらゆる恐れのなかにあっても、その心に一条の光が差し込んでくる。それこそ神の言葉であり、私たちを救いへと導くために、生きて働いておられる神が、ここにおられるということへの期待かつ深い信頼、心からの願いの表れが「恐れなく」というひと言に込められているのだ。そのように受け取りたいのです。
 
神は私たちにとって、永遠の光でいてくださる。聖書で繰り返し語られているこの言葉の味わい深さを、今日もじっくりと噛みしめながら生きていきたい。そのように願い、神の御業を待ち望みたいと思います。皆さんの一日にも、神が光を差し込んでくださいますように。お祈りいたします。

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