02/04/2022

2022.4.2 #日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた本日の旧約聖書のことば
出エジプト記13章18節より
神は葦の海に通じる荒れ野の道へと民を向かわせた。
 
旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
ローマの信徒への手紙8章28節より
神を愛する者たちのためには、万事が共に働いて益となるということを、私たちは知っています。
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用
******
 
楽しいこともつらいことも、すべてが私にとって益となるという聖書の言葉が、本日私たちのために選ばれました。今日の新約聖書の言葉は、聖書の中でも特に有名な言葉であると感じられる方は多いのではないかと思います。
 
万事は益となるというこの聖書の言葉は、「神を愛する者のためには」という枕ことばがあって、万事が「共に働いて」という挿入句があります。つまり、楽しいこともつらいことも、どうして、どのようにして、私の人生にとって益となるのか。このなぜ、どのようにこそが大切であると感じさせられます。
 
神を愛する者とは、神の愛がなんであるかを理解して、その愛に生きようとする人のことを指します。神を愛していると口で告白しても、その愛が、神の愛(自己愛とは対称をなすアガペーという愛:無償の愛・利他的な愛)に基づくものなのかどうか、自分自身のあり方というものをよく確かめることは、本当に大切なのだと強く思わされます。
 
もし、神のアガペーに基づいて生きようと願えば、日々の生活のなかで起きることのすべてに、たとえ神から見離されるように思えることが生じたとしても、そこには私にとって何らかの意味があることが気付けるように、神が私の心にそう感じさせてくれるのだと。見離されてなんかいない、それどころか、アガペーの愛でこの私を見守り続けてくださるのだと。
 
それが「(神が私たちと)共に働く」ということの意味です。
 
今日の旧約聖書は、エジプトから脱出したイスラエルの民が、エジプト軍に追われながら荒れ野に向かわせられたことが記されています。荒れ野。それは虚しさであり、助けを感じない環境の象徴とも言えるでしょう。
 
しかし、神は決してイスラエルの民を見捨てなかった。葦の海(紅海)を割る奇跡とともに、イスラエルの民を救ったのは、ほかならぬ神御自身でした。まさに、彼らを経験した苦労を通して、決して苦労のままでは終わらないという実感を、彼らは味わいました。
 
今日も、私の生活に、私たちの生活に、共に働き万事を益としてくださる神がともにおられる。そのことを胸にして、すべてのことに期待して過ごしてまいりたいと願います。皆さんの一切に、神様の守りが豊かにありますように、お祈りいたします。

0 件のコメント:

コメントを投稿