くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
創世記28章15節
私はあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにしてもあなたを守り、この土地に連れ戻す。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ルカによる福音書22章35節
イエスは弟子たちに言われた。「わたしがあなたがたを財布も袋も履き物も持たせずに遣わしたとき、何か足りない物がありましたか。」彼らは、「いいえ、何もありませんでした」と答えた。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用
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皆さん、おはようございます。
何ひとつ持っていなかったとしても、持たされていなかったとしても、それでも、あなたは困窮することがない。なぜならば、神がしっかりとあなたの行く道を守られるから。
今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、私が受け止めたいと思ったことです。そのことについて黙想をつづりたいと思います。
今日の旧約聖書の言葉は、神がイスラエルの祖となったヤコブに告げた言葉でした。彼は、双子の兄の不興を買い、受け取るはずだった財産も地位もすべてを後にして、その場を去らなければなりませんでした。それは、彼の自業自得であると言われても仕方のないようなものでした。神からの約束を果たすために、人を騙してもそれを得ようとしたのですから。
だからこそ、ヤコブが家を出なければならなくなったときに、すべてを失ったと思ったことでしょう。彼は何ひとつ持つことができなかった。しかし、たっとひとつだけ彼には持たされているものがあった。何物にも代えがたい大切なものを、彼は持たされていました。
それが、今日の旧約聖書の言葉に示された、神のヤコブに対する「確かな約束」でした。私はあなたと共にいる。どんなことがあっても神はヤコブを守り、必ずご自分が与えた約束を果たされる。人間がどんなにもがいても、そのための策を打ったとしても、神が言われた約束は、必ず果たされるということを、ヤコブはこの後の人生で実感することになります。
それは、イエスの時代とて一緒でした。弟子たちに対して、何ひとつ持たないで宣教の場に遣わされても、彼らは決して困窮することがありませんでした。宣教という場において、イエスとともにあるならば、イエスのみ心を胸に抱いた弟子たちは、イエスの約束を自分自身の生き方とすることができました。だから、困窮することがありませんでした。
神は、確かな約束を私たちに提示されました。大切なのは、その約束を私たちがどれだけ誠実に受け止めることができるか、ということの一点に尽きるのでしょう。私は、そのことをあらためて考えさせられました。神の約束を自分自身の希望とするためにです。
どうか、その一日もそのことを希望とするための時とすることができますように。皆さんにも果たされる神の約束が、ともに豊かに働きますように。心からお祈りします。
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