01/04/2026

2026.4.1(水)#日々の聖句#ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
詩編35編18節
わたしは大いなるつどいの中で、あなたに感謝し、多くの民の中で、あなたをほめたたえるでしょう。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
フィリピの信徒への手紙2章11節
すべての舌が
「イエス・キリストは主である」と告白して
父なる神が崇められるためです。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句LOSUNGEN』より引用

******
 
皆さん、おはようございます。
受難週4日目の朝を迎えました。明日は洗足木曜日、いよいよ受難に向かって、私たちの心が主イエスが架かられた十字架に向かっていくことを思います。どうか今日の一日も、神の守りと助けのもとで歩むことができますように。そのことを祈りつつ、今日のローズンゲンに示された聖書の言葉に心を傾けていきたいと思います。
 
大いなるつどいのなかで神である主に感謝し、賛美する。この詩編の言葉に、感慨深さを覚えました。今日は、自分語りをすることをお許しください。
 
私は、ちょうど20年前の2006年4月1日に、伝道者としての道を歩み始めました。昨日から、20年間の歩みを、じっくりと振り返っていました。
 
静岡・ドイツ・東京・そして現在の仙台の地で、牧師としての務めをいただいてまいりました。決して、ほめられることのない、失敗ばかりの伝道者人生であったと、振り返っていました。あの時代に戻れるならば、こういうことができた、こうすべきではなかったのになとそんなことを指折り数えながら、いろいろ思っていました。
 
しかし、神が集めてくださった教会という大いなる集いのなかで、神である主を礼拝し、神に祈り、賛美をささげ、神の言葉によって生かされてきた自分自身を、感謝のうちに振り返ることもできました。失敗を通して、そのたびに主が再び立ち上がらせてくださった。決してほめられることのない人生を、相も変わらず続けているのですが、失敗に打ちひしがれることがあっても、そのことにとどまり続けることなく、主が助けてくださる、戒め、常に更新し続けてくださることに、感謝の思いにあふれました。
 
私がどんなに変わっても、「救い主イエスをキリストとあがめる」ことだけは、何も変わることなく、今日も私の生きる指針として与えられていることを、今日も胸に抱きつつ、新しい一日、新しい一年、そして、伝道者21年目の歩みを始めることができるのだと。これも、主イエスが私たちのために、その命をささげられたからなのだと、今日の聖句からメッセージとしていただくことができました。
 
今日は黙想というよりは、私の心境と抱負のようなものとなってしまったことを、どうぞお許しくださればと思います。同時に、皆さんの新しい一日、新しい年度もまた、そのような神がともにおられることに、感謝と賛美をともにささげることができますように。そのことを心からお祈りします。

0 件のコメント:

コメントを投稿