くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
ネヘミヤ記1章6節
ああ、主よ、どうかあなたの耳を傾けて、私が今、あなたの僕たちのために昼も夜もあなたの御前で祈るこの祈りを聞いてください。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
ルカによる福音書18章7~8節
まして神は、昼も夜も叫び求める選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでも放っておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、おはようございます。
今日、日本中で曇り空の一日になりそうですが、私たちの心や思いを曇らすような出来事や物事があるならば、神が私たちに晴れ間の心地よさを与えてくださいますように。そんなことを願いつつ、今日のローズンゲンに示された聖句に耳と心を傾けたいと思います。
今日選ばれたふたつの聖句に共通する言葉は「昼も夜も」でした。旧訳聖書では、昼も夜も神に祈る人に、耳を傾けてくださいと願う信仰者について、新約聖書では、どんなに非人道的な裁判官であっても、寡婦の熱烈な祈りには耳を傾けるだろうというたとえ話を引き合いに出しつつ、私たちの神は私たちの願いに必ず耳を傾けてくださるという、イエスの言葉が語られています。
昼も夜も、という言葉に、私たちはどのような印象を抱くでしょうか? 絶え間なく、どんな時でもあきらめることなく、呼吸するようになど、いろいろな印象が浮かび上がってきます。私はいつも思うのですが、私たちはたとえ祈ることがなかったとしても、神は私たちの思いをすべてご存知なのだから、祈ることそのものに意味はあるのだろうか、という問いに対して、そうであったとしても、神に祈ることはやはり大切なのだと。
子どもが親に対して、今日あったことを、「あのね、あのね」と一生懸命話そうする姿こそ、神に祈る私たちの姿なのかなと、私はイメージしたいのです。こどもは自分自身のうちにとどめておくというよりは、少しでも知って欲しい、わかって欲しい、理解してほしいと願い、そのことが果たされることによって安心感を得ることを心から望みます。私たちはこのようなこどもでありたい。人は聴いてくれなかったとしても、神は聴いてくださるのです!そんな思いをもって、神に祈る一日というものを営みたい。これが、私の受け止めたいと思ったことでした。
忙しいさなかにあったとしても、今日も私たちの一日をともに歩んでくださる神が、祈りを通して私たちに安心感を与えてくださいますように。その安心感こそ、私たちひとりひとりを生かすもといとなりますように。心からお祈りします。
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