くじによって選ばれた今日のの旧約聖書のことば
イザヤ書29章19節
苦しんでいた人々は再び主にあって喜び祝い
貧しい人々は
イスラエルの聖なる方のゆえに喜び踊る。
旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
コリントの信徒への手紙二8章9節
あなたがたは私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでいたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためでした。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用
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皆さん、こんばんは。
今日も一日の夕べが訪れました。朝の時間に黙想をつづることができませんでしたので、簡単ではありますが。今日のローズンゲンに示されたふたつの聖句を通して、黙想をつづりたいと思います。
イエスが十字架に架かられたことを心に思い巡らす四旬節(レント)の最初の日曜を、私たちは迎えました。それぞれの教会や集会で、礼拝が持たれて、神のみ言葉を通して、今週の日々を歩むにあたって考える良いきっかけが与えられたのではないかと思います。
私たちのために十字架上で、その命をささげられたイエス。そのイエスの「貧しさ」について、今日の聖句は私たちに告げています。貧しさによって豊かになる。この考え方は世の中のあり方と「あべこべ」な論理であると誰もが思うでしょう。しかし、そのあべこべな論理こそ、実に「神のみ業」として、私たちが自分自身の限界ある理解を超越して起こされるものなのだと、思えてならないのです。
大切なのは、この世界でまかり通っていることが、神の視点からすれば、それが決して「当たり前」のものではない、ということです。その当たり前でないものを、私たちがいかに神への信頼とともに心から受け止めることができるだろうか。ということなのでしょう。神の働かれるスペースに、私たちが身を委ねるとは、そういうことなのだろうと。それによって豊かさを味わうことが可能となることを信じたい。それが、私の黙想です。
今日も夜がやってまいりました。どうか、神がこの夜のひと時も、夜の休息のときも、神が祝福してくださいますように。心からお祈りします。
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