26/01/2026

2026.1.26(月)#日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた今日の旧約聖書のことば
ダニエル書2章21節
神は時と時期を変え
王を退け、王を立てる。

旧約聖書に応じて選ばれた今日の新約聖書のことば
テモテへの手紙一2章1~2節
そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人のために献げなさい。王たちやすべての位の高い人のために献げなさい。
©ベテスダ奉仕女母の家『日々の聖句2026』より引用

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皆さん、こんにちは。
今朝はゆっくりと休みました。仙台は最低気温がマイナス5度近くまで下がったとのことで、朝ごみを出しに外にでたら、いつになく寒い空気でしたが、シャキッとしました。今週も毎日を大切に過ごしたいと思います。
 
さて、今日のローズンゲンに示されたふたつの聖書の言葉は、実に日本に住む私たちの必要にぴったりと合った言葉であると私は感じました。どちらの聖句にも「王」という言葉が登場します。日本には王は現存しませんが、政治をつかさどる方々を指す言葉であると、私たちは読み替えることができるでしょう。明日から衆院選が始まりますが、私たちは何を政治に求め、期待することができるのでしょうか。
 
実際には、この国の政治をおこなうのは政治家の皆さんですから、どのような政策を考え、公約を出し、それに向かって歩むかについては大きな関心を抱くことでしょう。私も国民のひとりとして、より良い国民生活を営めることを望みますから、いつもと動きが異なる今回の選挙にはいつになく大きな関心を抱いています。
 
ただ、そのような関心を抱きながらも、私は「神の国に属する国民」であることも間違いないわけです。私たちは現実の国家と、神の国の国家というふたつの国に国籍を持つものとして、そのどちらも大切なものであり、また神の国が全世界を治めることを信じていますから、あくまで「神の国が示す価値観」というものに自分自身の生き方を求め、その価値観を抱くなかで、この世の中の目に見える政治に関心を抱くということを忘れないようにしたいのです。
 
今日の旧約聖書の言葉は、ユダヤ人を捕虜としたバビロニア帝国の王であるネブカドネツァルをめぐる、預言者ダニエルと神とのやり取りのなかで発されたひと言です。暴虐に満ちた王であるネブカドネツァルは、ダニエルとの出会いによって、異教の神が自分たちになそうとすることを知るにいたります。一国の王が、神の価値観に触れて徐々にその神が偉大な方であることを受け入れるようになりました。神がこの世界に平安をもたらす方であることが、自分自身の政治力をはるかに超えていることが分かったからです。
 
この日本においては、ネブカドネツァルのような心境の変化が同じように起きるかどうかはまったく分かりません。しかし、私たちは神の価値観を知る者として、できることは必ずあるはずなのです。それは今日の新約聖書の言葉にもある通り、「願いと祈りと執り成しと感謝」を、それら政治の務めにあたる人はもとより、すべての人のために神へささげることなのだと。つまり、神に祈ることの重要性というものを切に思わされるのです。
 
昔、東京にいた頃、定期的に国会議事堂の周りを歩いて祈るという「プレヤウォーク」を、クリスチャン仲間たちと行っていたことがありました。こんなことをしたとて、政治が変わるわけがないだろうと思うかもしれません。しかし、それはただのパフォーマンスではありませんでした。歩きながら真剣に執り成しの祈りを神にささげたときに、それは、神がご自身の知恵と力をもって、この国を治め、道を定めてくださるということへの確信を生むこととなりました。このような思いを抱いて、政治に関心を抱くということが、本当に大切な営みなのだと思わされたのです。
 
今日も政治のために祈ります。私たちのために政治を執り行うひとりひとりのために。たとえそれが、自分自身の望みではない政治体制であったとしても、そのことを神に聴いてもらい、祈りをささげる。この営みを衆院選に先だった一日の祈りとしたいと思いました。
 
皆さんの午後のひと時が、神の助けが豊かにあふれるものとなりますように。心からお祈りします。

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