28/02/2022

2022.2.28 #日々の聖句 #ローズンゲン 聖書のことば

くじによって選ばれた本日の旧約聖書のことば
出エジプト記15章11節
主よ、神々のうちで
誰かあなたのような方がいるでしょうか。
誰が、あなたのように聖であって栄光に輝き
賛美されつつ畏れられ
奇しき業を行うでしょうか。
 
旧約聖書に応じて選ばれた本日の新約聖書のことば
ヨハネの手紙一1章2節より
御父と共にあったが、私たちに現れたこの永遠の命を、私たちは見て、あなたがたに証しし、告げ知らせるのです。ー
『聖書 聖書協会共同訳』より引用・利用
 
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主よ、神々のうちで、誰かあなたのような方がいるでしょうか。
 
こう歌ったのは、エジプトの軍勢に追われて、命ねらわれていたところを、紅海を真っ二つに割る奇跡によって、イスラエルの民は向こう岸に渡ることができ、一方でエジプト軍は海に飲まれて全滅した後での、イスラエルのリーダーであるモーセでした。
 
命の危機に瀕しても、神はご自分が約束された人々に対しては、必ず命を守ってくださる。これが聖書がそのはじめから一貫して語り続けてきたメッセージです。そして、神が人間に対して果たされる約束、つまり契約は、ご自分の御子であるイエスによって、全世界へと、その門戸が広げられました。
 
今日の新約聖書は、私たちのもとに人の姿をもって現れたイエスこそ、神の約束のまぎれもない証しの言葉です。そのイエスを弟子たちがこの目で見、ともに生活をし、イエスから神とともに生きることの真髄を、ご自分の言葉と行いを通して教えられ、受け継ぎ、今日に至っています。私たちも聖書の言葉を通して、イエス御自身をこの目で見、確かめることができるというのです。
 
私たちもまた、イエスの言葉と行いを通して、かつてモーセが味わったように、神との約束が果たされていく様を、味わうことを可能とさせられます。それが、イエスの弟子として生きるということであり、最終的に行きつくところには、永遠の命があると、聖書に記されています。
 
つまり、命の危機に遭ったにもかかわらず、神によって命救われたモーセとイスラエルの民の出来事が、今やイエス・キリストによって永遠の命、つまり神による永遠の保証が、私たちに与えられている。これが本日の聖書の言葉を通して、神が私たちに伝えようとしているメッセージです。
 
これら言葉を黙想し、私にとって命の危機とはなんだろうか。そんなことを考えました。神は私たちの命をつくられた。その命の危機は、神の私たちとの間の隔絶であり、拒絶であり、人間が自分のエゴによって進みゆく姿、またそのような姿に襲われる様なのだろうと。
 
だから、私も隣人も、この世界も、自分の言動がエゴに基づくものなのかをどうかを、立ち止まってじっくりと考えるところにこそ、命を与える神の存在に、少しでも心を寄せ、自分の生き方の基となれたらと、心から願わされました。
 
今起きていること。世界ではやはり、ロシアのウクライナ侵攻のことを思わずにはいられないし、身近に起きていることとしては、自分をとりまく人間関係のことで、神の命に生かされるとはどういうことなのかを、エゴとの闘いという点から、黙想することができました。
 
平和の源は、命を与え救われる神にこそある。そんな思いで過ごしてまいりたいと思います。全世界が、不健全なエゴから解放されますように。もちろん私のエゴも解放されますように。心からお祈りいたします。

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